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zoom RSS 好きな仕事・よくできる仕事・安定的な仕事・信仰に役立つ仕事

<<   作成日時 : 2017/08/23 19:32   >>

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じょうずな仕事をする人を見たことがあるか。その人は王の前には立つが、身分の卑しい人の前には立たない。(箴言22:29)

私たちは仕事なしには生きていけない。神様も仕事をしたくないならば食べるなというほど仕事は神様に授かった人間の大事な氏名の一つです。もちろん、天国では今のような仕事はないでしょう。人間がエデンの園で罪を犯しその代価として与えられたのが汗を流し仕事をすることです。それも土地が呪われ茨が出てくると言われたので、仕事は決して簡単ではなくそこにはさまざまな茨の難しさが存在します。つまり基本的には苦労なしには仕事はできないということになるでしょう。

そこで私たちはクリスチャンとして一般人のような仕事概念だけでは判断できないことが出てきます。というのは、私達クリスチャンは仕事を通して神様に栄光をあがめ、神様から与えられた使命として受け入れ、その使命を全うする場所でもあるからです。そういう意味では仕事は世俗的でなく神から与えられた神聖なことです。あまり区別をしないほうがよいかと思います。つまり職場に派遣された神の使節だからです。

一般に仕事の選択には、好きかどうか、上手くできるかどうか、安定的かどうか、信仰に役立つかどうかを考える必要があります。もちろん、一番よいのは、好きでよくできて安定的でなお信仰にも問題にならないならば最高の仕事として考えることができるでしょう。しかし、そういう仕事はなかなか簡単に見つからないのです。でもこのうち、肯定的な面が1つでも2つでもあれば大体はそれを続けるようになるでしょう。殆どの場合、好きな仕事は近いうちにうまくなるようになります。それは当たり前です。逆にうまくできる仕事はいつのまにか人々から認められるようになったりすると、好きになることが多いのです。なのでこういう場合はもう少し辛抱をしていけば解決できる場合が多いでしょう。これは両方が補完的な関係にあるのでどちらでもできれば続ける価値があるでしょう。

一方安定にかけている仕事の場合は、未来性さえもないならばサラリーマンとしては難しくなるので特別な使命や理由がなければ、新しい仕事を探す必要があるかもしれません。

最後に一般の人にとっては考える理由がない信仰的側面です。これに対しては例えば、信仰や聖書の真理に反する職業であるならば、即やめるか選択をしないほうがよいでしょう。また、長く自分の信仰を犠牲にしなければならない仕事の場合も真剣に考える必要があります。日本という信仰のない社会では、基本的には信仰の要素は考慮されないはずであるので制度的に日曜日などが確保されているか、あるいは話し合いで十分調整できるならば、その仕事は受けいれでも大丈夫でしょう。ただ、日曜以外でもあまりにも信仰的な犠牲をしないといけないような場合は、考え直すことも可能でしょう。これは最小限で解決できればあなたが専門的に教会の仕事をしないならば選択できるでしょう。しかしそれさえも確保できない場合は選択が難しいかもしれません。信仰のいのちが切れるかどんどん弱くなるようなことでは、どんなに待遇や安定、好きでうまくできる何かがあるとしても考え直す必要があります。しばらくの命のために永遠の命を犠牲することはできないからでしょう。基本的に人間は、上で話したように、好き・うまい・安定・信仰に役立つのうち、一つでもあれば続けることはできるでしょう。ただ一つもないというならば、深刻です。場合によってはあなたにもっと準備が必要かもしれません。できれば、この要素を一つでも増やしていけばそれはもっと楽しくよい職場と変わっていくでしょう。

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