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zoom RSS キリストの弟子、キリストの吸血鬼

<<   作成日時 : 2017/08/31 18:26   >>

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「それから、みんなの者に言われた、「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。」ルカによる福音書 9:23

デンマークの哲学者で神学者であるキエルケゴールは、生前よく福音は教会の外ではなく教会の中にこそもっと必要だと主張していた。もちろん、教会の外にも福音は必要であるが、教会の中にもっと多くの福音を知らない人がいるからである。彼らは、教会に毎週集まる信者、長老、牧師などである。彼らは外側は福音的でその上に立っているかのように見えても、実は福音とあまり関係のない生き方をする人である。

彼らの中の福音か正しく働きをしない。本当に福音がしっかり生きているならば、必ずイエス様の弟子として歩もうとする熱い姿勢が生まれてくるはずである。ここでいう弟子とは、ただイエス様のように生きていこうとする心からの願いである。もし自分の生き方になんの影響も及ぼせない福音は真の福音ではないからである。その道がどんなに狭くてもそれに従って生きたくなるのである。

ダラスウィラードは、彼の著書の中で福音を受け入れて主を信じていながらも福音が働かない人々、つまりイエス様の弟子としての願いがまったくない人々を、クリスチャン吸血鬼とも話す。つまり、彼らはイエス様の十字架の血を吸うだけで、その十字架の血が正しく働かないからである。もちろん、私達はイエス様の十字架の血をもらって新しくなりましたが、その結果形は違っても弟子として、または伝道者として、光や塩として生きようとする心からの動きが出てくるのである。

あなたは、今教会の中にいますが、つまり福音にとても近いと言いながらも全然福音的ではない人ではないでしょうか。弟子ですか、吸血鬼ですか。それともどちらでもない人ですか。あなたこそ、実はノンクリスチャン以上に福音が必要ではないでしょうか。いやまだ福音がよくわからない人ではないでしょうか。あなたが福音的であるという一番強力な証拠は、あなたがイエス様のように生きて生きたいという願いがあるかどうか、どんな狭い道でもついていきたいという心です。十字架の吸血鬼のように生きる生き方はやめましょう。

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