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zoom RSS クリスマス精神に生きる人々(ルカ1:26-38)

<<   作成日時 : 2017/12/24 12:11   >>

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きょうは、クリスマス会である。クリスマスはキリストがこの世に介入してきた日である。言い換えれば単所指というが、実はキリストはすでに神として存在していた方が、人間の体をもってこの世に現れたのである。それは罪深い人間を救うために、人間と同じ体として現れたのである。このクリスマスにかかわった人々を中心に考えてみよう。

●マリヤ
1:38 マリヤは言った。「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」こうして御使いは彼女から去って行った。

マリヤは私はどうでもよいからあなたの御心のままになりますように、私を用いてくださいと話した。主のことばを心にとめた。私たちの神の御心が叶えられるためには、みことばを心にとめ、自分を犠牲にしたり、または神様が自分をもちいるようにと自分を主にゆだねることが必要である。

●羊飼い
2:15 御使いたちが彼らを離れて天に帰ったとき、羊飼いたちは互いに話し合った。「さあ、ベツレヘムに行って、主が私たちに知らせてくださったこの出来事を見て来よう。」

羊飼いはイエス様に会いに行き、礼拝した。イエス様は会うべき方である。うわさで聞くだけではもったいない。あなたもいまだにイエス様に出会っていないならば、きょうその方に出会ってほしい。それは祈りをもってできるからである。

●ヨセフ
マタイ1:19夫のヨセフは正しい人であって、彼女をさらし者にはしたくなかったので、内密に去らせようと決めた。
1:22このすべての出来事は、主が預言者を通して言われた事が成就するためであった。1:24ヨセフは眠りからさめ、主の使いに命じられたとおりにして、その妻を迎え入れ、

ヨセフは主の命じに従った。自分の不利や損得を計算せず主の言葉にしたがってマリヤを受け入れた。本当は自分と婚約したマリヤが、勝手に妊娠してしまうと、これは簡単に済ませる問題ではなかった。しかし、彼はマリヤの妊娠は、誰かの男がいたわけではなく、神の不思議な力によって少女マリヤが妊娠するようになったからであった。もちろん、だからこのイエス様は人間ならば誰もが持つようになる原罪というのがなく、だからこそ人を救える資格ができたのである。


●博士
マタイ2:2「ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにおいでになりますか。私たちは、東のほうでその方の星を見たので、拝みにまいりました。」2:11そしてその家にはいって、母マリヤとともにおられる幼子を見、ひれ伏して拝んだ。そして、宝の箱をあけて、黄金、乳香、没薬を贈り物としてささげた。2:12それから、夢でヘロデのところへ戻るなという戒めを受けたので、別の道から自分の国へ帰って行った。

博士らは、イエス様の生まれどころを探しに探して礼拝し拝んだ。ヘロテの声より神に従って彼らは別の道に帰った。彼らもイエス様に出会うために命を覚悟していた。イエス様に出会うことの大切さ。

●ヘロテ王
マタイ2:16その後、ヘロデは、博士たちにだまされたことがわかると、非常におこって、人をやって、ベツレヘムとその近辺の二歳以下の男の子をひとり残らず殺させた。その年令は博士たちから突き止めておいた時間から割り出したのである。

使徒12:23 するとたちまち、主の使いがヘロデを打った。ヘロデが神に栄光を帰さなかったからである。彼は虫にかまれて息が絶えた。

ヘロテ王は自分の欲のために神の御心を受け入れず、悪事をした。悪魔は神様に従わないで逆らう人々を一番簡単に操ることができる。人間は神に用いられるかそれとも悪魔に用いられるかである。きょうのこのヘロテは、神に不従順しているから彼は悪魔に用いられる最高の存在となったのである。その結果、使徒12:23にあるように、彼は神を侮った結果、虫にかまれ死んでしまった。今の北朝鮮の金一家、ヒトラー、ムッソリーニ、ロシアのスターリンなどなど、悪魔に一番用いられた人たちがいる。

●イエス様
ピリピ2:6キリストは、神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、2:7ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられたのです。


イエス様は自分を犠牲にし、低くなった。神の働きの流れはこういうクリスマス精神に満ちている人々を通して流れていき、全世界に広がるようになった。水は、溝があって流れる。人間の心の中のこの溝があって神様の御心が流れる。神のために心に溝を掘っている人を通して流れる。

民族、場所、位置、身分は全部違っても、それぞれが神の御心のために従ったり、自分を用いてくださいと差し出したり、自分を完全に低くし、犠牲にしたからこそ、こんなに素晴らしいクリスマスができたのではないか。

教会も、神の働きも、みんな主のためにこのように準備されている人によって大きく前進する。神より自分が強くなるとそこには、争いが起こる。みんなが、クリスマスの精神をもって生きることで教会が、神の働きが前進できる。

私の実践と祈り
@このイエス様に出会おうと思います。そのため、イエス様を受け入れます。
Aマリヤが自分の身を通して神の御心が叶えられるようにと受け止めたように私の身をも用いてください。
Bヨセフのように、嫌なことがあっても主の御心ならば受け入れ従います。
C信仰生活は、イエス様のように自分を低くし犠牲にすることを新年からは実践します。

最後の祈り
神様、きょう、クリスマスの精神について学ぶことができ、感謝します。神様の人間救いの計画のピークであるキリストの生まれ、そこには考えられない犠牲と自己放棄があって可能であったことを知ることができました。みんな、それぞれ関連者らが神の御心の実現のために、しっかり主のお言葉にしたがったり、また自分の身を用いてほしいと自分を差し出したり、イエス様のように自分のいのちを差し出したりすることがあって神様の御心、救いの道が供えられました。私たちも主の御心のためにこれらの人たちのように生きることができますように。そういう生き方を少しずつ実践していけますように。イエス様のみ名によって祈ります。アーメン

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