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zoom RSS シェマの意味と再解析(申命記6:4-9)

<<   作成日時 : 2018/05/20 19:58   >>

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6:4聞きなさい。イスラエル。主は私たちの神。主はただひとりである。
5心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。
6私がきょう、あなたに命じるこれらのことばを、あなたの心に刻みなさい。
7これをあなたの子どもたちによく教え込みなさい。あなたが家にすわっているときも、道を歩くときも、寝るときも、起きるときも、これを唱えなさい。
8これをしるしとしてあなたの手に結びつけ、記章として額の上に置きなさい。
9これをあなたの家の門柱と門に書きしるしなさい。


1.シェマの意味
シェマという単語は申命記6:4の最初に登場するが、日本語訳には”聞きなさい”である。大体聖書では段落の最初に登場するのがその段落のタイトルとなる慣例がある。シェマは申命記6:4−9までの段落の最初に出る単語でもあるが、同時に全体のタイトルにもなっている。したがって、シェマというと、申命記6:4−9の箇所全部を意味するようになる。シェマの意味として、聖書のみことばを聞くためには、以降に出てくるように、教えることも、唱えることも、どこかに張っておいたりつけておくことも必要になる。

2.ハブルタの意味

申命記6:7の”教え込む”というのが、”唱えなさい”ということばがある。教える方法についてのことである。このように、聖書のみことばを一番効率よく学ぶための方法としてユダヤ人の中で幅広く行われるのがヘブル語での”ハブルタ”というのがある。その意味は、”友たち”、または”勉強するパートナー”という意味でありパートナーを組んで、ある主題をもって質問しながら討論することで核心を悟っていくようにする勉強の方法である。

3.ユダヤ人と安息日食卓(shabbat dinner, shabbat meal)
〇安息日(shabbat)
”中止する”という意味である。すべての働きを中止してひたすら神様にのみ集中する。日曜日も安息日のような役割である。つまり自分の仕事を休んで神様に集中することである。ユダヤ人は、安息日には電気スウィッチのボタンさえも押さないし、エレベーターのボタンも押さない。また1Km以上を歩くのもしない。完全に人間の仕事を休んで神様に集中するのである。この安息日を守るのは、モーセの十戒の大番目の戒律である。

 出エジフト20:8 安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ。

 
〇信仰教育(シェマとハブルタによる):申命記6:4-9
ユダヤ人は、毎週の安息日の金曜日の夜に安息日晩餐を行ない、その中にシェマ、ハブルタの時間を持つ。安息日が始まる金曜日の夜6時から土曜日の6時までの間のことである。金曜日の夜6時になると、まず家族がみんな集まって安息日の晩餐を行なう。食事、キャンドル点火、賛美、子供や妻への祝福祈り、ぶどう酒飲み、献金、聖書朗読、タルムドをもってのハブルタなどを行なう。3−5時間かかるともいう。


4.シェマ(申命記6:4-9)の中身
1)神を知ること:4節で唯一の神を知る。
 〇これは十戒の1番目の項目である(出エジフト20:3)
あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。

 〇詩篇14:1(神を認めない者は愚かである)

愚か者は心の中で、「神はいない。」と言っている。彼らは腐っており、忌まわしい事を行なっている。善を行なう者はいない。


2)神を愛すること:5節
〇キリストが先に私たちを愛してくださった。だから私たちは愛することができた。

1ヨハネ4:19 私たちは愛しています。神がまず私たちを愛してくださったからです。


神様が人間、私のために何もしないのに、ここにあるように心を尽くし、精神を尽くし、体を尽くしてご自分を愛しなさいと求めることができるのか。もしそういう神であるならば、その神は独裁者の神であり、そういう神について行くのは難しい。しあkし、この神は人間のために自分の独り子、キリストを人間の罪のために十字架にかけ死なせた愛そのものである。先にこのような愛を示してくださったから、私たちにも求めることができる。しかし、愛のない私のような存在は、妻にも子供にも誰にもこのような要求をすることができない。というのは、私がそのように愛せないからである。神が堂々とこのように求めることができるのは、先にわたしたちをそれ以上に愛したに違いない。

もう一つ、神がここまで私たちにご自分を愛するように求めるのは理由がある。実は人間はあまりにも神以外に愛することが多い。私たちの心を奪うのがありすぎる。心や精神、体を尽くして神を愛しないと、そこまで徹底的に神を愛しないと、簡単に別のものを愛するようになるからである。いい加減に神を愛しては簡単に神から離れてしまうのである。神はイエス・キリストを通してどんな愛を私たちに示したのか読んでみましょう。

ローマ5:8 しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。

3)神のみことばを愛すること(神を愛するとはみことばを愛することである)
 〇みことばを刻む:6節

まずは、みことばを心に刻むとはどういうことでしょう。それは1,2回ではできない。何回も繰り返してするなかでできるのである。

 〇みことばを教える(ハブルタ):7節
子供たちに聖書を教えるのは親の義務である。そのために、ユダヤ人は安息日の夜に安息日晩餐を行なうのである。その時に、後半部に必ず行うのが、タルムードという信仰の生活指針に該当する本を読みながら、質問式のディスカッションを行うのである。それによって信仰がずっと継承されていく。ハブルタは信仰教育だけではなく、社会教育、創造性、社会性、家族の疎通などを自然と確保できることである。ユダヤ人は世界で0.2%で少なく、彼らの平均知能指数IQも94で世界45位である。しかしアジアの国、日本、韓国、中国は105、104で世界トップである。これほど生まれは優れているわけでもないのに、ノーベル賞の30%がユダヤ人で有名な実業家や著名者がたくさん出てくるのはこのハブルタの教育のせいである。フェースブックの創始者、ジャッカバーグもアインシュタインもその一人である。教会でもこれからハブルタ教育を取り入れたい。家庭でもこれから考えてほしい。

 〇みことばと共に生きる:8-9節
手に結び付けるとは、あなたが何かを行なう前にいつも神を覚えなさいという意味である。忘れることがないのは手に書くのである。また、額につけるのは、あなたの頭での考えは神様のみことばに沿うべきだということ、または知識の始まりは神のみ言葉を知ることであるという意味でもある。最後に門柱に張るのは、この家の主人は神であるという意味である。門柱には主人が誰かを表示するように、家を出入りしながらみことばが主人であるということ、それを確認することである。これほどユダヤ人は徹底的にみことばと絡み合って生活を行なう。

わたしも昔クリスチャンになったばかりの時、聖句を数えきれないほど、家の家具やキッチン、服などにつけていた。いつでもみことばに触れたかったからである。みなさんも、家のところどころにみことばを張っておいてみてください。キッチン、トイレ、机、部屋のベッドのところなどにどうでしょう。

5.適用

 1)あなたは何を感じましたか。

 2)聖書教育においてシェマとハブルタの必要性は感じましたか。

6.結びの祈り
天の父なる神様、きょうもあなたの教えに感謝します。昔イスラエル民族がエジフトから出て入る、文化も宗教も全てが違う新しい地、カナンで信仰をどう守れるかを教えてくれた教訓を私たちの信仰教育にも活用できる知恵をください。自分の信仰を強め、その教育に命を懸けていく姿勢を学ぶことができますように。教会でも家庭でも現代版シェマとハブルタの精神を生かしていけますようにお願いします。全てを主にゆだねてイエス様のみ名によって祈ります。アーメン

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