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zoom RSS 真の実を結ぶ人生(ヨハネ15:1−11)

<<   作成日時 : 2018/05/27 14:49   >>

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<聖書箇所>
1わたしはまことのぶどうの木であり、わたしの父は農夫です。
2わたしの枝で実を結ばないものはみな、父がそれを取り除き、実を結ぶものはみな、もっと多く実を結ぶために、刈り込みをなさいます。
3あなたがたは、わたしがあなたがたに話したことばによって、もうきよいのです。
4わたしにとどまりなさい。わたしも、あなたがたの中にとどまります。枝がぶどうの木についていなければ、枝だけでは実を結ぶことができません。同様にあなたがたも、わたしにとどまっていなければ、実を結ぶことはできません。
5わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです。
6だれでも、もしわたしにとどまっていなければ、枝のように投げ捨てられて、枯れます。人々はそれを寄せ集めて火に投げ込むので、それは燃えてしまいます。
7あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまるなら、何でもあなたがたのほしいものを求めなさい。そうすれば、あなたがたのためにそれがかなえられます。
8あなたがたが多くの実を結び、わたしの弟子となることによって、わたしの父は栄光をお受けになるのです。
9父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛しました。わたしの愛の中にとどまりなさい。
10もし、あなたがたがわたしの戒めを守るなら、あなたがたはわたしの愛にとどまるのです。それは、わたしがわたしの父の戒めを守って、わたしの父の愛の中にとどまっているのと同じです。
11わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、わたしの喜びがあなたがたのうちにあり、あなたがたの喜びが満たされるためです。

<本論>

1.人間の正体性(1,2)
1わたしはまことのぶどうの木であり、わたしの父は農夫です。2わたしの枝で実を結ばないものはみな、父がそれを取り除き、実を結ぶものはみな、もっと多く実を結ぶために、刈り込みをなさいます。

●神(農夫)、イエス様(木)、人間(枝)の3つが登場する。これが持つ意味を考えてみよう。
人間は枝であり、自分だけでは完全体、独立した完成者にはなれない。枝は、木につながるべきである。その時に初めて意味のある実を結ぶことができる。自分らしくなる。個性が発揮できる。真の幸せを得る。平安と恵みをもらって生きることができる。枝は木(イエス様)に付くべきであり、それは神様によって治められるときに最高になる。

2.実の種類と特徴(成功か実か)
ここに登場する実とは、この世の信じない人々がいう成功や出世とは違う。聖書には成功という意味はない。むしろ、それに対して実を結ぶとか、神に用いられるという概念があるだけである。

1)真の実:イエス様のみことば(7節)と祈り(7節)によって作られ、それは神の栄光となる(8節)。
真の実には、みことば、祈りが一番関わるのであり、それによって神に栄光をあがめられる素晴らしい実を結ぶことができる。つまり素晴らしい証しができる。なぜあまり証しをすることができないのか。それはやはりこういう神様による実を結んでいないからである。

2)この世の実(成功)
:祈りやみことばへの従順の代わりに、欲の塊をもって人間の努力でし数々の手段を用いて成功や自慢を作り自己誇示をするようなことである。

この世の出世や成功のようなことばかりを求めることを最高だと思い込む。それは欲の塊であり、腐る匂いがすることであるが、多くの人はそれを最高の成功と考え、それを目指し頑張る。祈りやみことばへの従順はなくひたすら自分の努力と数々の方法を用いた成功だけを求め、神の栄光の代わりに自慢話や自己誇示だけを行なうことになる。こういう生き方は世が求める典型的なものである。

今マスコミにて毎日放送されている日大のアメフトの話である。過ちを起こした選手はしっかりその間違いを明かし皆から応援をもらっているのに、指導者らは4−5才の子供もわかるような嘘ばかりを言い、みんなからバッシングされている。政治の指導者も同じことをしている。これは神様の実ではなくこの世の実を求める典型的なことではないのか。

3.実を結べない枝(木に付いていない枝;イエス様についていないクリスチャン)
1)木についていない枝の特徴
・木についていない、ついてもしっかりついていない枝は、周りの環境、影響をそのまま受ける。まるで死んだ魚のように遡れなく抵抗力がない。そして虫ができやすい。栄養だけ取り、他の枝や実をダメにする。死んでいるので異臭するし、香りが出ない。だけではなく、病気や菌を移し全体をダメにする。なので切り捨て、燃やすしかない。ぶどうの木の枝はそのままはあまり木材にも他の材料にもなれない。捨てても場所をとるので燃やすのが最高である。わたしたちも枝であり、しっかりイエス様についていないと、こういうふうになってしまう。

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2)当然枝だけでは実を結べなく使い道がない(4節、5節)
・神の、天の、永遠の価値ある、神に喜ばれる実は枝だけではできない。
・この世の派手な見栄えを求めること、つまり成功を装った欲の塊を真の成功と目指してはならない。それは神の実と呼んではならない。この世のこと、お金、名誉などは一時的で虚しい。世の成功はしばらくであり、意味のある実、永遠に価値のある実、そんな実を結べない。こういう生き方は、まるで生け花に似ている。形や見栄えはよいかもしれないが、真のいのちもなく神の実でもない。

・人間は神様を生活の中で排除しようとする。しかしそれが益々の不幸をもたらす。枝のように木につながらない限り決して幸せにはならない。


例)生け花(この世の成功)
この世は全部生け花のように派手な人生が最高だと思い込む。しかしその中に真の命はない。人間も生け花のように10年、20年、30年、50年は、木から切られても生きるようになるかもしれない。しかしそれだけで終わり、死後や永遠に滅びてしまうのは残念である。しばらくの見栄えだけで死後地獄の滅びを受けるような生き方をしてはならない。今しばらく元気だからといってそれで神を考えないのは最悪である。

Tペテロ1:24「人はみな草のようで、その栄えは、みな草の花のようだ。草はしおれ、花は散る。25しかし、主のことばは、とこしえに変わることがない。」とあるからです。あなたがたに宣べ伝えられた福音のことばがこれです。

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4.聖書的な実を結ぶために必要な3要素
1)剪定(2節)
・自分で剪定できればよい。そうでなければ強制的に神によって切られる。それは痛い。苦しい。自分の信仰に、人生にだめなことをずっとそのまま許してはならない。そういうのがあるので、余計に誘惑を受け、またほかの大事なことが邪魔され、よくない結果をもたらしてしまう。なので自分にとって良くない活動や何かをしっかり剪定すべきである。

2わたしの枝で実を結ばないものはみな、父がそれを取り除き、実を結ぶものはみな、もっと多く実を結ぶために、刈り込みをなさいます。


2)罪から解放(3節) 

3あなたがたは、わたしがあなたがたに話したことばによって、もうきよいのです。

私たちは罪悪感で悪魔に攻撃され、大事なことができなくなてしまう。すべての罪はイエス様によって許される。自分の罪を告白して罪から解放され大胆に生きていきよう。

3)従順(10節):実を結ぶのに一番大事で重要な要素である。このみことばを守るのは、みことばにとどまり続けることを意味するし、イエス様を愛するという印である。以下にその内容が書かれている。

@イエス様の戒めを守るのはイエス様を愛することである(10節)
10もし、あなたがたがわたしの戒めを(守る)なら、あなたがたはわたしの(愛)にとどまるのです。それは、わたしがわたしの父の戒めを守って、わたしの父の愛の中にとどまっているのと同じです。


Aイエス様の戒めを守るのはイエス様のみことばにとどまることである(7節)

7あなたがたがわたしにとどまり、わたしの(ことば)があなたがたにとどまるなら、何でもあなたがたのほしいものを求めなさい。そうすれば、あなたがたのためにそれがかなえられます。8あなたがたが多くの実を結び、わたしの弟子となることによって、わたしの父は栄光をお受けになるのです。

〇イエス様を受け入れていない方はイエス様を受け入れることが先に必要

黙示録3:20 見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところにはいって、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。


4.適用(二部での分かち合い用)
@あなたは最近一番考えていること、一番夢中になっていること、または最近行った決断や行動はどういうことですか。


Aそれは神の実を結ぶための3つの要素に照らしてみてどうですか。


B今までの中であなたが結んだ聖書的な実にはどういうことがありますか。

5.祈り

きょうは。私たちが目指すべき目標がどういうことになるべきか教えてくださいました。感謝します。この世の人が求める単なる出世や成功ではなくもっと深い意味のある美しくて永遠に続く最高の実を結ぶことの大切さを教えていただきました。これからも私たちがこういう実を求めて生きることができますように。またそれによって真の喜びと生きる意味をもらい、さらに多くの人々にも証しとなり、最終的には神に栄光をあがめる人として人生を送ることができますように祈ります。アーメン

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