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真理は多数にあるのではなく聖書にある。創世記6:11-22

ノアが生きていた時代と今の日本は少し似ている面がある。それはクリスチャンが少ないということである。しかしノア時代は神様を信じる人はノアの家族8人しかいなかった。当時はとても性的に堕落していた。あまりにも堕落しすぎで神様はすべての人間を滅ぼすことを計画された。それが大洪水である。人間の罪は全部よくないし、悪いことである。しかし性的な堕落はその中でも一番恐ろしい結果をもたらす罪である。性的な堕落は家庭の崩壊であり、家庭はすべての組織や社会の基本であるので、結局人間社会が崩落することを意味する。したがって、ある家庭はもちろん、沿いs機、国家が性的に堕落すると、自然と崩壊の道を歩むようになる。神様や他人が攻めなくても自然と自ら崩壊するようになる。ローマの時代も、伝説の都市ソドムの崩壊も、ノア時代の地球的な滅亡も全部性的な堕落に起因する。

今日本でも同性愛などが問題となっている。すでにアメリカは合法となっている。日本もそうなっていくだろう。しかしこの罪だけは侵さないほうがよいだろう。これは人類の滅びの前兆となるからである。

とにかく、ノアは神様が命じたとおりに120年後大洪水で地球が滅びるのであなたは、箱舟を120年かけて作り続けなさいと言われたのである。その通りに彼が最後までその船を造り続けたのである。しかし多くの人々はノアの行動を非難したり、あざけたりしてノアを馬鹿にしていた。しかし彼はそれに揺れることなく最後まで箱舟を作り続けた。神様は作り続けなさいと言われた。同じく、私たちも今は少数でマイノリティであるが、その神様を信じ続ける必要がある。当時の救いは箱舟であった。箱舟に乗った人は救われた。本当に神様の約束の通りに大洪水が起こって全世界の人々が滅びた。息のあるすべては全部滅びてしまった。しかしノアの家族8人は全部箱舟に乗って救われたのである。それを表している感じが、「船」である。ふね(「舟」)に「八」人の人(「口」)が乗ったということをあらわしている。漢字は事実に基づいてできたのであり、やはりその時代に全世界にこういう地球規模の洪水があったからこそ中国でもこういう漢字が登場したと思われる。

今も日本にはクリスチャンが少ない。だから家族や友たち、いろいろな人々にたまには馬鹿にされたりすることがるだろう。家族の中でも馬鹿にされることがあるかもしれない。しかし、その時でも昔のノアのように揺れることなく神様を信じ続ける必要がある。必ず、この世の終わりが来るだろう。必ず全世界が滅びる時が来るだろう。ノア時代は水によって滅びたが、今度は火によって滅びると言っている。このような先端科学の時代になんでそんな馬鹿なことを信じているのかと、ノアの時代のように皆さんを馬鹿にしたり、非難したりする人もいるかもしれない。家族の法事などに参加しないとそういうこともあるだろう。しかし私たちはそういうことをするときも、神様のみことばにしたがって行うべきである。実に法事の時に、供養をするときに、あるいはお盆のときに、本当の死んだ先祖がきてくれるならば、その法事や供養は意味があり、必要であるが、聖書はそうは言っていない。それは、悪霊が先祖の名を名乗ってのことであり、あなたは結果的に先祖と交わるのではなく悪霊と交わるようになり、それは悪霊の支配下に置かれるようになるので、神様が禁じているのである。それよりは、クリスチャンは死んだ先祖の代わりに悪霊と交わらないで祈りをもって先祖を追悼する追悼式のほうが望ましい。それは神様を中心とした追悼式である。悪霊との交わりが排除される。

信仰は個人的である。家族が信じたから自分も救いに便乗できるわけではない。個々は自分の信仰で救われるのである。”赤信号一緒だったら怖くない”という日本のことわざがある。それはいいとしても、”地獄も一緒だったら怖くない”というまでは違う。あなたでも先に救われて家族を救うべきではないか。いのちが個々あるように、救いも個々にある。日本人がすきな集団で天国も地獄も行くわけではない。つまりあなたの家族が皆ノンクリスチャンだから、友たちが皆ノンクリスチャンだから、私もそうなる理由はない。あなたの救いや命はあなたが責任を持つべきである。

救いや真理は、多数で決まるわけではなく聖書によって決まるというのがノアからの教訓である。マタイ7:13を読んでみよう。

マタイ7:13 「狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。

真理は多数決で決まらない。みんながノアをバカにしたし、99.99%がノンクリスチャンだった。しかし、彼は最後まで自分の確信をゆずらなかった。最後に聖書のことばの通りに大洪水がきてしまった。聖書は、必ず成就する。ノアがコツコツ120年間、箱舟を準備したように、皆さんも救いの箱舟を準備すべきである。今は、イエスが箱舟である。作らなくてよい。船に乗るだけで結構である。その当時、動物とノアの家族8人が箱舟に乗って救われたように、今も箱舟であるイエス様によって人間は救われる。作られている箱舟に乗ることだけでいいのにそれさえもしないということではすくわれることができない。

ぜひ箱舟に乗りましょう。イエス様を救い主として受け入れるだけで、その受け入れる祈りをするだけであなたは救いの箱舟に乗ることができるのである。ぜひ、祈りを通して救われることを願う。そういう方は、この場でイエス様を受け入れる祈りをしましょう。

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