キリスト者に起きる素晴らしい出来事(ヨハネ11:11-44)

この箇所から、クリスチャンの永遠の命、死後の私たちの姿、または死んだ私たちと神との関係などをうかがえるこおtができる。今まで抽象的なことでぼんやりしていた方は、この話からもう少し具体性のあるイメージを描ければと願う。

1。体の死は眠っていることに過ぎない(11節)

11 イエスは、このように話され、それから、弟子たちに言われた。「わたしたちの友ラザロは眠っています。しかし、わたしは彼を眠りからさましに行くのです。」

※キリスト者にとって体の死は眠っていることである。体は腐っていたが、ラザロの霊は生きていて神様とつながっている(永遠のいのちがある状態)ので、体が死んだのは眠るくらいのことに過ぎない。彼は真の意味で完全に死んだものではない。それでイエス様は眠っていると話し、またさましに行くと話している。霊が死んでいる者が本当に死んだ人である。

例)麻酔状態
体に麻酔をかけると、体は意識がなく眠る。まるで死んだ者のようである。しかし厳密には眠っているだけで、死んだとは言わない。しばらく時間が経つと復活する。体のいのちがあるからである。キリスト者の死も同じである。私たちの体が麻酔のように死んでいるが、いつか覚める(よみがえる)時がくるのである。その時になると体と霊が完全にくっ付いて永遠に生きることになるだろう。麻酔の状態では体が自分から分離したことになる。しばらくすると戻る。

※霊的に死んだ人はイエス様に出会うことで覚める。腐って霊的にも死んでいた人間がイエス様に出会うことで霊が生きるようになる。そして神様やイエス様に反応するようになる。交われるようになる。欲や罪まみれで匂いがプンプンするにも関わらずイエス様に出会えば霊が生き返る。もちろん、体もよみがえるぼである。

2.永遠に生きるとは(25,26節)
25 イエスは言われた。「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。26 また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。このことを信じますか。」


※永遠に生きるという判定は霊が生きているのか死んでいるのかである。つまりあなたの霊は神様とつながって神に対して反応する状態なのかどうかである。神様と音信不通になることは霊が死んだ状態である。いつでも霊としては生きていて神様に反応するし、交われる状態が真に生きていることである。これができれば永遠に生きるようになるはずである。霊は神様に出会って初めて生きるようになる。イエス様に覚ましに来てもらってやっと霊が生きるようになる。

※上記の聖句25節で、死んでも生きるし生きていたら死なないというのは、私たちの体は死ぬ死なない。つまり、神様によって救われた者は一時的に体が死に眠ることはあっても必ず覚めるようになり、それから永遠関係なく霊的には本当に生きている存在なのである。天国で永遠のいのちをもって神様と豊かな交わり、互いに反応し合いながら生きるようになる存在である。なんと感謝なことだろう。

例)脳死の判定と霊死の判定(永遠のいのちがあるかないか)
体の死の判定基準は最終的に脳が反応するかどうかである。脳が外部に対して反応すれば体は生きていると言える。しかしそれが反応しなくなると、死んだと判定する。同じく永遠に(本当に)死んだというのは、霊が神様につながって反応しているかどうかである。たとえ、体が死んだとしても私たちの霊が神につながりその神様と交わり反応するならば、それは霊的に生きているということである。それができないと、霊的に死んだのである。

3.死んだ者が生き返って出てくる(43.44節)
①体が死んでいた。匂いがする。でもイエス様をそれを死といわず眠っていると言われた。

39 イエスは言われた。「その石を取りのけなさい。」死んだ人の姉妹マルタは言った。「主よ。もう臭くなっておりましょう。四日になりますから。」

②ラザロは完全に死んでいた。でも本当の意味で死んではない。なぜ彼の霊は神様に反応している。イエス様の声を聴いている。交われる状態である。だから彼はイエス様の声にこたえて外に出てきた。体は死んでも霊は生きて神と、キリストと交われる。反応し合っている。

43 そして、イエスはそう言われると、大声で叫ばれた。「ラザロよ。出て来なさい。」44 すると、死んでいた人が、手と足を長い布で巻かれたままで出て来た。彼の顔は布切れで包まれていた。イエスは彼らに言われた。「ほどいてやって、帰らせなさい。」

③いつか私たちはこのラザロのように、同じく墓からよみがえるときがくる。このようにキリスト者はよみがえって、つまり霊と腐らない体でよみがえって永遠の天国に入るようになるのである。以下にそれを書いてある。

ヨハネ5:28 このことに驚いてはなりません。墓の中にいる者がみな、子の声を聞いて出て来る時が来ます。29善を行なった者は、よみがえっていのちを受け、悪を行なった者は、よみがえってさばきを受けるのです。


4.ディスカッション
1)あなたがきょう一番感じたこと、学んだことはどういうことですか。

2)あなたの霊はイエス様に出会うことで目覚めるようになるが、つまり霊が生きた状態となっていますか。それは救われたことにもなる。そうでなければイエス様との出会いをしましょう。


5.祈り

創造主の神様、きょうの礼拝を感謝します。また抽象的なことを少し具体的に描くことができ感謝します。まずは、私が本当に生きる、つまり永遠に生きることは、私の中の霊がイエス様に出会って覚めるようになっているかどうかであることがわかりました。幸いに福音を聞いてイエス様を受け入れ、霊が生きるようになり、永遠のいのちまでも受けるようになり本当に感謝します。これからは永遠に生かされたものとして神様ともっとよい関係を保ち、自分の人生を全うすることができますように。またもっと多くの方にこの永遠のいのちを伝えることができますように。イエス様のみ名によって祈ります。アーメン

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