キリストに捕らえられたパウロの生き方 ー価値衝突から価値確立へー(ピリピ3:7-14)

1.序論
自分の人生にとって一番大事だと思うこと、それを価値観という。結局人間は、どういう価値観をもって生きるかで決まる。

みなさんは、何のためにいきるのか。今みなさんの心の中には何か一番価値あると思うのか。居ても立っても居られないほど、頭が夢中になっているのが、なんだと思うのか。パウロは自分の人生において最高の価値を見つけたと話す。

麻酔剤の発見者、シンプソン:創世記2:21-22、私は麻酔剤発見より、私が罪人であること、また私のために死んでくださった救い主キリストを発見したのがもっとすごい発見である。

人は、自分なりに価値あると思うことのために人生を捧げて生きていきます。そのために、お金も、時間も、汗も流します。あるいは、命まで捨てます。

皆さんは今自分の頭を虜にしていて自分の人生のほとんどを捧げているのは何ですか。キリストですか、それとも、お金稼ぎ、恋愛、勉強、名誉、快楽、ギャンブルのようなこの世のものですか。

人間が変わるとは、価値観が変わることである。人は価値観が変わらない限り、本当の意味では変わったとは言えない。そとがわは変わっても内面の価値観がかわらないと変わってない。氷山は、7-8割が海に沈んでいる。そしてその動きは、風によってではなく、下の沈んでいる部分によって、つまり海の潮流によってきまる。この下に沈んでいる部分が人間の価値観である。
画像


幼いとき、おもちゃ、青年は恋愛、壮年はお金、老年は健康。男性は出世、女性はおしゃれや安定。

真のクリスチャンとは、新しい天の永遠の価値を見出した人。聖書的価値、神様が大事だと言われる所に価値を置く。世の価値というのは、もう大体は決まっている。お金、出世、名誉、快楽。こういうことで信仰が強く影響される。クリスチャンであるにもかかわらず、いまだに世の価値観で生きる人々、いますか。


2.世の価値と聖書的価値



1)世の価値

肉の欲、目の欲、暮らし向きの自慢(お金、出世、名誉、快楽)、一時的で変わりやすい、目に見える、カイン、エサウ、ユダ、この世の流れ


2)聖書的価値
天国、愛、希望、信仰、救い、報いや冠、 永遠で目に見えない、ヘブル11の信仰者、アベル、ヤコブ、パウロ、マリヤ、世の流れをさかのぼる(世と反対方向)


3.価値観の力
1)古い価値に意味を失う(ピリピ3:8;ちりあくたと思っています)
価値観の高いのを与えたら、すぐ今の物をやめる。宝石を見つけ、それを得るために、全てを売り離す。パウロのうんこがそれほど、美味しいのか。


2)古い価値の弊害に気づく(ピリピ3:8;損と思っています)
間違った価値観は人間をダメにし、人生を破壊する。

3)新しい価値に献身(ピリピ3:14;栄冠、目標のために一心に走っています)
人間は、何かきよいことに捉えられないと、よくないことに捕らえられて生きるようになる。
人間は真の価値あるものを見つけないと、ゴミ箱転々で終わってしまう。

●敬虔に生きる力を与える
テトス2:12私たちに、不敬虔とこの世の欲とを捨て、この時代にあって、慎み深く、正しく、敬虔に生活し、13祝福された望み、すなわち、大いなる神であり私たちの救い主であるキリスト・イエスの栄光ある現われを待ち望むようにと教えさとしたからです。

●宝を探すような生き方になる
マタイ13:45また、天の御国は、良い真珠を捜している商人のようなものです。46すばらしい値うちの真珠を一つ見つけた者は、行って持ち物を全部売り払ってそれを買ってしまいます。

●楽を拒みわざと苦しみを選び取るようにする
ヘブル11:24信仰によって、モーセは成人したとき、パロの娘の子と呼ばれることを拒み、25はかない罪の楽しみを受けるよりは、むしろ神の民とともに苦しむことを選び取りました。

●ヘブル11章の信仰者たち

4.世の価値と聖書的価値の比較例
1)エサウとヤコブ


創世記25: 32エサウは、「見てくれ。死にそうなのだ。長子の権利など、今の私に何になろう。」と言った。33それでヤコブは、「まず、私に誓いなさい。」と言ったので、エサウはヤコブに誓った。こうして彼の長子の権利をヤコブに売った。

2)カインとアベル
創世記4:4また、アベルは彼の羊の初子の中から、それも最良のものを、それも自分自身で、持って来た。主は、アベルとそのささげ物とに目を留められた。5だが、カインとそのささげ物には目を留められなかった。それで、カインはひどく怒り、 顔を伏せた。

3)ユダとマリヤ
ヨハネ12: 3マリヤは、非常に高価な、純粋なナルドの香油三百グラムを取って、イエスの足に塗り、彼女の髪の毛でイエスの足をぬぐった。家は香油のかおりでいっぱいになった。4ところが、弟子のひとりで、イエスを裏切ろうとしているイスカリオテ・ユダが言った。5「なぜ、この香油を三百デナリに売って、貧しい人々に施さなかったのか。」


5.教訓
1)神の国の価値を世の価値より上において生きる
マタイ6:33 だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。

2)目的は神の国、手段は世のこと
1ヨハネ2:15世をも、世にあるものをも、愛してはなりません。もしだれでも世を愛しているなら、その人のうちに御父を愛する愛はありません。16すべての世にあるもの、すなわち、肉の欲、目の欲、暮らし向きの自慢などは、御父から出たものではなく、この世から出たものだからです。

3)世に生きても心まで世に奪われてはならない
コロサイ3:1こういうわけで、もしあなたがたが、キリストとともによみがえらされたのなら、上にあるものを求めなさい。そこにはキリストが、神の右に座を占めておられます。2あなたがたは、地上のものを思わず、天にあるものを思いなさい。



6.実践
1)今の私は、明らかに、世の価値観に生きる、それとも神の価値観に生きる。その証拠は?

2)世の価値観はなぜ捨てるべきだと思うのか。

3)聖書的価値観を堅持するために私は何から始めるべきか?

7.最後の祈り
天地の創造主である神様! きょうは価値観という問題について学びました。しかし、世の価値観を捨てることができず、聖書的な価値観とのぶつかり、そしてついつい世の価値観に従って生きる自分がいることに気づきました。神様、パウロのような真の信仰者がが捨てたゴミを拾うために人生を浪費することがないように。一度だけのこの人生うを永遠に価値ある宝石集めにささげることができますように。そのために、持っているすべてを用いて獲得することができますように。イエス様のみ名によって祈ります。アーメン

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック