真の平安に生きる(ルカ12:4-7、16-23)

4そこで、わたしの友であるあなたがたに言います。からだを殺しても、あとはそれ以上何もできない人間たちを恐れてはいけません。
5恐れなければならない方を、あなたがたに教えてあげましょう。殺したあとで、ゲヘナに投げ込む権威を持っておられる方を恐れなさい。そうです。あなたがたに言います。この方を恐れなさい。
6五羽の雀は二アサリオンで売っているでしょう。そんな雀の一羽でも、神の御前には忘れられてはいません。
7それどころか、あなたがたの頭の毛さえも、みな数えられています。恐れることはありません。あなたがたは、たくさんの雀よりもすぐれた者です。

16それから人々にたとえを話された。「ある金持ちの畑が豊作であった。
17そこで彼は、心の中でこう言いながら考えた。『どうしよう。作物をたくわえておく場所がない。』
18そして言った。『こうしよう。あの倉を取りこわして、もっと大きいのを建て、穀物や財産はみなそこにしまっておこう。
19そして、自分のたましいにこう言おう。「たましいよ。これから先何年分もいっぱい物がためられた。さあ、安心して、食べて、飲んで、楽しめ。」』
20しかし神は彼に言われた。『愚か者。おまえのたましいは、今夜おまえから取り去られる。そうしたら、おまえが用意した物は、いったいだれのものになるのか。』
21自分のためにたくわえても、神の前に富まない者はこのとおりです。」
22それから弟子たちに言われた。「だから、わたしはあなたがたに言います。いのちのことで何を食べようかと心配したり、からだのことで何を着ようかと心配したりするのはやめなさい。
23いのちは食べ物よりたいせつであり、からだは着物よりたいせつだからです。


<本論>
今日、人間の一番の願いはどういうことだろう。人間は何のために働くだろうか。
そのことが、ここに出てくる。きょうの内容の核心は2つの単語である。
恐れ(前半)、安心(後半)、の二つである。

この世の人間はこの2つのことのため、頑張ると思っていい。つまり、恐れと心配の状況を無くすために何かをし、安心な状況を確保するために死ぬほど働くと言っても過言ではない。これはとても大切なことである。問題は人間は何が最も恐れるべきで、何が一番安心なことなのか、それを明確にすることである。

日本は災害が多いので、その恐れを回避するため、少しでも安心して生きれるように働く。災害、将来、病気、死、独りぼっち、孤独死、捨てられる、いろんなことを恐れている。

しかし、きょう聖書で恐れるべきこととして話しているのが、死後の滅びにいくようになることをもっと恐れなさいと強く話す。体が死ぬことで終わりではなく、その後人間は永遠の天国か、それとも、滅び、つまり地獄のどちらかで永遠を過ごすようになるからである。この世のことばかりではなく、死後あなたの魂が滅びに行くことをもっと恐れ、同時にそのことを主管する真の神を恐れ、その方に近づくようになることである。この方は、あなたを恐れや心配から守り、導く方である。心配ではなくその心配を解決する神がいること、そこから私たちは真の平安と安心を得ることができる。あなたの髪の毛の数さえも知っていてその一つ一つの動きさえも知っている神によってあなたのすべての恐れや心配を解決しなさいと言う。真の神を恐れる人は、他のすべては恐れなくなる。というのは、神がそのすべてを守り導いてくれるからである。しかし、聖書の神を恐れない人は、他のすべては恐れながら生きるしかない。

最近、終活をする人が多い。でも、人間は死で終わりではないと聖書は言う。その後、人間は天国か地獄のどちらかで永遠を送らなければならない。死は終わりではなく、新しい永遠の人生の始まりに過ぎない。なので、「終活」だけしては寂しすぎなので、聖書を通して新しい永遠の始まりの「始活」もすべきである。保険いっぱい入れて、終活ばっちりして、この世の終わり方はできるかもしれないが、死後のためには何の意味もない。きょうの後半部の内容のように、作物の倉を大きく立て直した人もそんな人であり、聖書は彼を「愚かな人」と呼んでいる。

日本には保険業が繁盛する。未来に対する不安と恐れから逃れるためである。なんでも保険で少し安心するようになる。大体の人間の心配と恐れは、90%以上は起こらない。つまり、要らいない90%の心配で人生を無駄にしている。余計に時間とお金、エネルギーを使っている。でも、死後のための保険には入らない。牧師は死後の保険業者である。しかし、この保険はただなのに、入ろうとしない。不思議で仕方がない。宗教という一言で方つけている。でも聖書のこの神だけはそう簡単に方つけてはならない。その話をずっと無視するだけでは困る。

私たちはこれから近づいてくる全部の恐れを知ることができません。
地震のこと、戦争のこと、病気のこと、誰かの不運な出来事、全部は数えきれない。
この世のことだけに怖がることではなく、あの世のこと、神のことを恐れるべきではないか。

聖書の神を恐れて、イエス様を救い主として受け入れれば、その方は、あなたのすべてを守ってくださると約束いている。だから、他のことにはあまり心配しなくてもよい。しかしこの神を恐れず、救い主として受け入れない方は、この世のすべてを心配し、恐れて生きていくようになる。

古代ギリシャには、"シニック"派(犬儒(けんじゆ))と呼ばれる哲学がある。シニックとは冷笑的な哲学とも言う。シニックの哲学者たちは、人が幸せでなければならないのに、どうすれば幸せになれるかと考えた末、次のような結論を出した。

人々には、いつも"トゥケ"(ギリシャ語)と呼ばれる"機会"が訪れて来る。そして、この機会には良い機会もあり悪い機会もあるが、いつもいきなり訪れてくる。いい機会が訪れて幸せを感じる時もあり、時には貧乏という機会が訪れたり、時には失恋という機会が訪れたり、また時には失敗という機会がやってくる。そしてこんな機会が波のようにうねうねしながらくるが、最後には"死"という大きな"トゥケ"がやって来ては人間を猛烈に噛んでいってしまう。

そこでシニックの哲学者たちは"これをどうすれば克服できるのか。どうやって人間が幸せに生きることができるかについて悩んだ末、解決策を出した。"貧しさがいつ訪れるか分からず、人々はいつも恐れて不幸になるならば、貧乏が訪れる前に私が先に貧乏になれば貧乏になるのを心配する必要がないのでは"、また"失恋することを心配しながら、恐怖の中で生きるより最初から恋する人を作らないほうがいいのでは”、というものである。さらには"死が来ることを怯えながら生きるよりは、よい時に死を自ら選ぶのが幸せな人生ではないか"という哲学である。実際、この思想は面白いが、結構この世でも通用している。

もう一つが、後半部の内容で安心を確保するために人間は骨を折りながら頑張る。その代表的なことが、所有である。ここに登場する人は、収穫をいっぱいして倉庫にいっぱい貯めていて、彼は安心できるので今からは飲み食いして生きようとする。

人間は所有があれば安心だと思い、倉庫の代わりに通帳にお金を貯めていく。そしてその額によって安心を得ている。しかし、聖書は話す。その財産どうのこうのの前に、あなたの命は今晩取られるかもという。安心のところか、いのちそのものがとられると話す。貯蓄が安心を保証するのではない。安心のところじゃない。貪欲に目が遠くなっていつの間にか、あなたのいのちが、取られてはならない。お金よりいのちじゃないのか。それも死後の救いではないか。しばらくのこの世だけにすべてをかけたらだめであり、死後も考えて生きるべきである。あなたの魂はマラソンより長く永遠である。なのに、100mの走りで計画をするならば、大きな錯覚である。通帳増やすだけに人生を費やしてはならない。この世の所有に取られて死や死後のことに麻痺されて生きる現代人への警告である。

それで、聖書の神様は私たちに強く強く、何回も何回も繰り返して、あなたはこの愚かな人のようにならないようにしなさいと話している。

この世のこと、心配と恐れに囲まれて生きるよりも、それらのすべての問題を守り導き、あなたをこの世で最高の安全、また死後の救いを与えるこの聖書の神に近づくことを教えている。まずは、あなたのいのちの救いを、このイエス様から得て、それから何かをすることである。所有一方の人生は、危ない。神様との関係を大事にする、そして通帳も増やすこともあればよい。お金や所有に酔ってしまい、大事なことを忘れてはならない。少しの恐れや心配、安心に目が遠くなって本当の安心、平安と死後の救いを失ってはならない。この錯覚から早く正気に戻りなさいということばである。

●マリリン ∙ モンローとエバンズ ∙ コリンの人生と栄誉
1960年代,米国で双璧を成したハリウッドの2人の女優がいた。
一人は有名なマリリンモンローで、もう一人はエバンスコリンである。
二人とも顔と体の美しさを誇る肉体派女優である。
マリリンモンローの魅惑的な美の怪力は彼女のお尻の踊りは当時の若者たちを虜にしていた。
彼女がジョンF, ケネディ大統領の誕生日パーティーに招待されて大統領の前で美しい姿で
"Happy Birthday to You"を歌い、その姿を見たケネディ大統領はとても満足してこう言ったそうである。

もはや私が大統領を辞めてもいい。
どんなに美しかったら米国の大統領をやめてもいいと言っただろうか。
彼女は世界の人々の拍手と喝采と人気、お金をもらい、人生を生きた。
そして彼女はケネディ大統領と彼の弟ロバート·ケネディと不倫関係を持ち、数多くの男と不倫をした。

しかし、内面から押し寄せてくる虚しさと渇きと空虚さと孤独に耐え切れず、結局睡眠剤を飲んで自殺(?)してしまった。

ところが、これに劣らず人気と名誉を受けていた女優がいた。
彼女はマルリン·モンローのライバルであるエバンスコリンである。 "マルリン·モンローと同時代に生きた最高の美女である。
しかし、エバンズ·コリンはある日突然、俳優職を清算し、華やかなハリウッドの銀幕を離れることにした。 そしてイエス·キリストを受け入れ、クリスチャンとなった。 彼女は引退記者会見でこんな話をした。

"皆さん! 私はいま深い愛に陷っています。私はその深い恋に溺れてそこから出てくる方法を知らないです。 ハリウッドを離れます。
聴衆は歓呼の声を上げながら、誰なのか、その幸運の男の人とは、とざわづいた。
また、なぜ彼を選んだのか"と叫んだ。記者が聞きました。

一体誰とそんな深い恋に落ちたというのですか。 その男は誰ですか?

"私が彼を選んだのではなく、彼が私を選んだのです。その方はイエス·キリストです。
彼は私の罪の赦しと救いのために十字架で死んでくれたイエス様です。

今私はわたしを選んでくれた方のために宣教師学校に通っています"

その後,エバンス·コリンは宣教師学校を卒業し、宣教師と結婚した。
アフリカの宣教師として行って宣教地で一生を終えた。
"7年間、アフリカ宣教をして安息年を過ごすためにしばらく米国に来たエバンス·コリンにビリー·グラハム牧師が聞いた。
"義理の妹! ハリウッドの栄光と名誉を捨てて宣教師に行ったことを後悔されるのでは" 本当に幸せですか?
エバンス·コリンは微笑みながらこう答えた。

後悔は何の後悔ですか この宣教師の職は英国女王の座とも変えられないことです。
米大統領の席もこの席とは絶対に変えることができません"。

何と美しいですか。何と素晴らしい答えでしょう。
キリストの聖書の話、福音は実に美しいです。

最後の聖句を見よう。
ヨハネ14:27 わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。

この世からは、一時的な幸福しかない。環境によってすぐなくなる。しかし、神からくる幸せは絶対的なことであり、なにかによってすぐなくなるようなものではない。

箴言9:10 主を恐れることは知恵の初め、聖なる方を知ることは悟りである

最後に、先程出てきたが、やはり主を恐れることから学ぶ必要がある。そうすれば真に大胆な人生を生きるようになるからである。

●お祈り
①この世のことだけではなく、一歩神様のことにも心を寄せてみよう。
②世の倉だけではなく、死後の倉も準備してみよう。
③世の恐れや心配にとらわれるだけではなく、恐れ、心配、不安を支配する聖書の神様を出会ってみよう。

●イエス様を受け入れ、死後の救いを得るための祈り
イエス様、私は本当に罪を犯すしかない人間であることが分かりました。しかし愛豊かなイエス様が私の罪を背負って身代わりに十字架で死んでくださったことにより、私が自分の罪から赦されるようにしてくださいました。ありがとうございます。今はそのあなたを救い主として私の心に受け入れたいと思います。どうぞ、私の中にお入りください。そして私の人生をお導きください。イエス様のみなによって祈ります。アーメン

●結びの祈り
創造主の神様! きょうはどのようにこの世を生きればもっと安心で賢く、また死後をも安心できる最高の人生であるかを教えてもらいました。この世の恐れや心配、またこの世の倉だけに目が遠くなっていました。しかし、聖書の神様は、それを錯覚だと話しています。本当に恐れるべきことである死後、そしてこの世も死後も支配する聖書の神様こそ、本当に恐れるべき方であり、そこから真の平安と安心がくると教えています。どうか、この神様の話に心を寄せることができますように。またそこから真の平安と喜びを得ることができますように。私ももっとこの聖書に、その神に近づくようにしてください。イエス様のみ名によって祈ります。アーメン

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