人間の悲劇への共通の原因(創世記2:9-17,3:1-6)

2:9神である主は、その土地から、見るからに好ましく食べるのに良いすべての木を生えさせた。園の中央には、いのちの木、それから善悪の知識の木とを生えさせた。
2:10一つの川が、この園を潤すため、エデンから出ており、そこから分かれて、四つの源となっていた。
2:11第一のものの名はピションで、それはハビラの全土を巡って流れ、そこには金があった。
2:12その地の金は、良質で、また、そこには、ブドラフとしまめのうもある。
2:13第二の川の名はギホンで、クシュの全土を巡って流れる。
2:14第三の川の名はヒデケルで、それはアシュルの東を流れる。第四の川、それはユーフラテスである。
2:15神である主は、人を取り、エデンの園に置き、そこを耕させ、またそこを守らせた。
2:16神である主は、人に命じて仰せられた。「あなたは、園のどの木からでも思いのまま食べてよい。
2:17しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるその時、あなたは必ず死ぬ。」

3:1さて、神である主が造られたあらゆる野の獣のうちで、蛇が一番狡猾であった。蛇は女に言った。「あなたがたは、園のどんな木からも食べてはならない、と神は、ほんとうに言われたのですか。」
3:2女は蛇に言った。「私たちは、園にある木の実を食べてよいのです。
3:3しかし、園の中央にある木の実について、神は、『あなたがたは、それを食べてはならない。それに触れてもいけない。あなたがたが死ぬといけないからだ。』と仰せになりました。」
3:4そこで、蛇は女に言った。「あなたがたは決して死にません。
3:5あなたがたがそれを食べるその時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです。」
3:6そこで女が見ると、その木は、まことに食べるのに良く、目に慕わしく、賢くするというその木はいかにも好ましかった。それで女はその実を取って食べ、いっしょにいた夫にも与えたので、夫も食べた。

1.善悪の木を園の中央に置いた理由
1)人間は自分が王のように生きてはならない。いつも神様の御心を考えて生きること。つまりいつも何をしても神を覚えること。神様を心の中心において生きること。
●園の中央:善悪の木、いのち
の木

●善悪の木(律法;Do. Do not)、いのちの木(イエス様)

 ※いつも人間は選択をして生きる存在(いのちへの選択か、死への選択か)
  
2)人生には善と悪の選択があり、その結果祝福か罪の呪いの実を味わう

※創世記3:5で「知る」とはヘブル語では[daath]。ダートは"知識",特に人格的で経験的な知識に対して使われる。つまり、人間は話を聞くだけではあまりわからない。あなたが「この善悪の木の実を取って食べれば死ぬ」という意味を知らなかった。それで、アダムとエバはその命令を軽んじて警告逆らい、してはならないことをやってしまい、それで本当に死ぬことや罪の結果がなんと厳しいかを経験して確実に分かるようになった。アダムとエバは、以前は神様の警告の意味を何となく分かったが、今は心の深いところまで染みるほどわかってしまったのである。

3)人間は弱い存在であることを理解して生きるべきである。

●善悪の木の実を取って食べる選択をする可能性が高い存在であることを知って生きる。

2.神様のみことばに逆らう結果が罪であり、その罪は厳しい代価をもたらす

●罪は死(神様からの断絶による霊的孤立, その終着点は呪いと地獄)をもたらすこと
 
●サタンは罪への誘惑を通して私たちを神から離れさせ、破壊しようとする超越的な存在

●人間は神に付かないと、悪魔に支配される

●罪の成立=人間の欲+悪魔の誘惑+人間の選択

3.適用
1)私たちは善悪の木から遠ざかり、いのちの木を取って食べる訓練

2)人生の真ん中に自分がいるのではなく、神様を主として生きる姿勢

4.結びの祈り
神様! きょうは人間の悲劇の出発点について学びました。私たちの前にはいつもいのちか、それとも死かという選択があります。またその選択によって祝福や呪いの実を味わうようになることを知りました。まずは、神様を人生の主人として人生の真ん中に置き、その方とのよい関係を保つことができますように。善悪の誘惑の木から遠ざかる勇気を与えてください。自分勝手に生きようとする高慢を捨てることができますように。イエス様のみ名によって祈ります。アーメン

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