報われる祈り(ヘブル11:6)

ヘブル11:6 信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。

上のヘブル11:6 節に出てくる神様は創造主の神様である。無から有を作り出す神である。3節にそれが出ている。Creatorの神である。その神様は私たちにご自分に求める、つまり祈るようにと声をかけている。

ヘブル11:3信仰によって、私たちは、この世界が神のことばで造られたことを悟り、したがって、見えるものが目に見えるものからできたのではないことを悟るのです。

本当の信仰をもっている人たちの特徴は、以下の2つである。

①その信仰が生活の中に現れる。
信仰のない人とは違う生き方をする。生き方の次元が違う。神の領域、死後の領域までがその行動の一つ一つが溶けている。まるで1次元の人生が、3次元4次元の生き方になることと同じである。神を信じる信仰の人間は、人生の幅、長さ、高さが全然広がるようになる。

短い一本の線のような人生が、広い空間のような人生へ変わる。つまり人生は70-80年だけの短い人生だが、聖書によれば死後こそ本番であり永遠であるという長い線に変わる。また今までは自分の人生の線は細かったけれども、その線の人生に意味や影響力、価値による幅が大きくなり面のように広がる。そこに今度は神から深みが与えられると、線の人生が立体のように膨らんでいく。その人生はもっと豊かでもっと濃くて味のある人生になっていく。 

②信仰ある者は祈りをするようになる。
創造の神、全知全能の神を信じる者は、やはりその神に祈るようになる。人間は様々な限界、弱さ、もがきを持っているので神に祈るのは自然である。そして神はその祈りを必ず報いてくださると約束している。

実際、神を信じる者は上記の2つ、みことばを生活の中で実践することと、祈ることを通して、神の力や祝福を得るようになる。神様のことばに従って選択をすればそこから神様からの祝福に出会う。また祈りを通してそれがかなえられるようになる。これは信仰の体験として自分の信仰を強めるようになる。この2つを経験したクリスチャンは、ことばだけのクリスチャンとは全然違う。

その中でもきょうは祈りについて考えてみることにしたい。
ただ、祈れば多くの奇跡や祝福があることを知っていながらも、なかなか祈りをしない人が多い。祈ろうとすると、急に空想、雑念、何かを思い出される。携帯や遊ぶときは眠くないのに、祈ろうとすると眠くなる。

※きょう、神様は祈りをもって神を探し求めるように話す。そうすれば、必ず神は報いてくださる。祈りにささげた時間も、努力も、苦しみも惜しくなく豊かに報われる。神ご自身を探し求め、その方に祈りを行い、そこからくる祝福、完全なる報いを受けて生きることは幸いである。神様が与えてくださるのは、完璧で素晴らしい。自分にも人にも神にも栄光となる。人間は自分ではできない多くのことがある。

1.なぜ祈らなければならないのか。
1)報われるために

ヘブル11:6 信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。

※神に近づく:祈りをもって神に近づく人の願いを聞いてくださる。神様は私と無関係の方ではない。あなたの祈りに耳を傾ける神様である。

2)誘惑に落ちいないために
ルカ22:40 いつもの場所に着いたとき、イエスは彼らに、「誘惑に陥らないように祈っていなさい。」と言われた。

※悪魔は私たちの周りにたくさんのトラップや罠をいろんなところにかけている。一般に、悪魔は薬、中毒、酒、快楽、ポルノなどなどの領域に多くの罠をかけている。

※悪魔は、人の口に、思いに、行動にトラップを設置している。

3)意味ある人生を生きるために
ヨハネ15:5 わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです。

※神からきていないものは、大体自分の人生をよくするより、破壊しやすくなる。
もともと、神のない私たち人間は欲や罪による実を結ぶのが得意である。そういう人間が神様につながることによって、初めて意味のある、永遠になくならない実を結ぶようになる。

GOOD-GOD------>0(いくら素晴らしいこと(GOOD)でも、神が抜けてしまうと、0が残る)
0+GOD----->GOOD(いくら0のような人生でも、そこにGODが加わると、GOODに変わる)

4)神様と近くなるために
申命記4:7 まことに、私たちの神、主は、私たちが呼ばわるとき、いつも、近くにおられる。このような神を持つ偉大な国民が、どこにあるだろうか。

※人間が祈りをすることで、神様が近くにきてくださる。それが繰り返されると、神様と人間は近くなり親しくなり、強い関係になる。祈りの父と呼ばれる、ジョージミュラーは以前は放浪者で牢にも入れられた人であるが、友たちの祈祷会に出席してショックを受け、変わり始めた。

2.祈るときに覚えるべきこと
1)神がおられる(神が存在するだけの話ではなく、なんでも作り出す、いや私たちのどんな祈りにも答えられる全知全能の神、創造主の神であることを信じる)

エレミヤ33:2「地を造られた主、それを形造って確立させた主、その名は主である方がこう仰せられる。3わたしを呼べ。そうすれば、わたしは、あなたに答え、あなたの知らない、理解を越えた大いなる事を、あなたに告げよう。

ローマ4:17 このことは、彼が信じた神、すなわち死者を生かし、無いものを有るもののようにお呼びになる方の御前で、そうなのです。

マルコ9:23するとイエスは言われた。「できるものなら、と言うのか。信じる者には、どんなことでもできるのです。」


※ジョージミュラー:ドイツ生まれでイギリスで孤児院を経営していた19世紀の宣教師。祈りの父
※彼は人にはお金などをお願いしたことがない。
※全体で15万人の孤児を養った。彼の祈りは一生5万回答えられた。彼は祈りの内容を記録、答えも記録したからそれを数えることができた。答えられなかったことがない。もちろん、あることは時間が遅れたことはある。
※孤児院新築時:この時も、彼は神に祈った。”この事業が神様のことですから、心配して倉庫を満たすのは私ではなく神様ご自身ではないですか。”と祈り続けた。すると、建物の設計、費用、働くスタッフなどが金額与えられた。土地のことも、ある日老人がジョージを訪ねてきてわあつぃの土地をあなたに、安い金額で売るように夢で神様が言われたという人もいた。
※彼は1、2,3年祈るのは当たり前、ある友のため50年も祈った。その人は、ジョージミュラーが死んでから救われた。

2)与えられるまで祈り続ける(ルカ11、18)
ルカ11:8 あなたがたに言いますが、彼は友だちだからということで起きて何かを与えることはしないにしても、あくまで頼み続けるなら、そのためには起き上がって、必要な物を与えるでしょう。

※1-2回、4-5回程度祈ってすぐ祈りをやめるようなタイプが多い。そおれで答えられることは難しい。私たちは最後まで、答えられるまで祈り続けるという決心をもって祈るべきである。

3.結びと祈り
※Holy time(夜9-10時の間の15分):賛美1--2曲、聖書1-2章、祈り5分で一日の聖なる時間を持ちましょう。時間帯は個人的に変えてもよい。

※しばらく水曜日に祈り関連の動画を一つ上げます。それを視聴し祈りへの心を保ちましょう。

最後、以下の祈りを共にして終わりましょう。

天の父なる神様! きょうは私たちの叫びや祈りに報いてくださる神様について考えました。今も神様は私が祈りをもってご自身に近づいてくるように待っています。天の祝福、神様からの完全な報いのプレゼントを用意し、与えることを約束しています。どうか、私はこの神様に祈りをもって近づきたいと思います。そして神様からの完全な報いを得て、体験的な信仰による喜びに満たされますように。これから私の願いが報われるまで、私が祈り続けることができるようにお導きください。イエス様のみ名によってお祈りします。アーメン1568638974042.jpg

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