悪魔の信仰崩しの戦略(創世記3:1-7)

まず、みなさん動画を観ましたか。
何を感じましたか。どのように思いましたか。
もちろん、ここに出てくる内容がそのままではありません。あくまでも聖書の内容を中心に作ったアニメです。
参考にしてくれればと思います。ことばを聞くだけよりも、視覚的なことがあれば、もっとインパクトがあり、長く残ります。

悪魔は、絶えずクリスチャンを惑わし、信仰を崩そうとしている。きょう、アニメで見たように、多くの人は悪魔の誘惑と自分の欲の煽りのセットによって間違った選択をして、信仰からどんどん遠ざかっている。
とくに、悪魔の強い働きの一つが、何だと思いますか。
神様のみことばへの信頼と確信を崩していくことです。

創世記3:2女は蛇に言った。「私たちは、園にある木の実を食べてよいのです。3しかし、園の中央にある木の実について、神は、『あなたがたは、それを食べてはならない。それに触れてもいけない。あなたがたが死ぬといけないからだ。』と仰せになりました。」

エデンの園で悪魔が人間(エバ)の信仰を崩す糸口は、神のみことばの内容を歪めることから始めた。
神様は善悪の木の実を食べたら必ず死ぬと、命令したのに、悪魔とエバはそれを歪めた。
悪魔は巧みにみことばを変えて人を惑わす。
神様は、善悪の木の実以外はすべて食べてもよいと話したのに、悪魔はどんな木からも取って食べてはならないと話したか、と質問する。

韓国の聖書には、善悪の木の実を取って食べたら必ず死ぬと話したことに対し、エバは、「取って食べたら死ぬかもしれない」と答えた。つまり、「か」ということばを入れたのである。死ぬならな、死ぬことなのに、死ぬ「か」もと話したのである。悪魔は、一文字でアダムとエバを罪へ導き、人類の歴史をひっくり返たのである。もちろん、エバが罪を犯すようになったのは、彼女の欲のためでもある。そしてその欲によって彼女は、神様のみことばを自分なりに解釈し、変えてしまった。

よく、多くのクリスチャンは考える。
「そこまでではない」、「そんなことないはず」と聖書のことばに反論する。
そこからすべては始まり、信仰は崩れるようになる。
みことばにひびを入れれば、サタンには最高の成功である。
みことばに、聖書に、神様に信頼できないという疑問を抱くのは、悪魔の戦略である。

今私たちの生活のいろんなところでこういう現象が起こっている。

●イエス様は私たちに命じていた。よいこもも厳しいこともしっかり教えるように。
マタイ28:19それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、20また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」

どころが、牧師はどうだろうか。
みことばをそのまま、伝えるべきなのに、自分なりに変えて伝えることが多い。
きつい言葉は言わない。祝福の説教ばかりする。いわゆるご利益に沿った説教だけを好む。
地獄の話、罪の話、さばきの話はあまりしない。それを言うと、人が来ないかもと思う。
それで、ご利益の話、天国の話、赦しの話ばかりする。
地獄のない天国は意味がないのに。。。
とにかく、人の顔をうかがって、みことばを歪めるのはよくない。
後になってその責任は大きい。
自分の都合に合わせて話してはならない。

黙示録22:19 また、この預言の書のことばを少しでも取り除く者があれば、神は、この書に書いてあるいのちの木と聖なる都から、その人の受ける分を取り除かれる。

●バラムは神からの声を歪めた。民数記22,23(モアブの王、バラクの願い)
イスラエル民族がエジフトから出て、カナンに入る寸前のモアブの近所にいた時に、そのイスラエルの勢いにおびえたモアブの王、バラクは、予言者であるバラムにイスラエルを呪ってほしいと、頼んできた。それに対して、神様は当然バラムにその頼みに応じてはならないと、はっきり話した。にもかかわらず、彼は賄賂を求め、最後まであきらめず、モアブと付き合いをする。まるで、自分は神様に従う人であるかのようにふるまった。

私たちの情欲や罪が、神様のみことばを、うまくゆがめる。合理化する。自己正当化を図る。それで、信仰はどんどん甘いほうになる。人間は必ず厳しいことよりは、甘いほうを取りたがる。たとえば、天国はもちろん、地獄も、その前の罪への裁きもあると書いてあるのに、私たちはそれをそのまま受け入れない。わるいことはないというふうに思い込みたい。そういう期待に頼りたいと願うのである。


●先人たちは自分の子供たちにも祝福と呪いを祈り宣布した。
・ノア
創世記9:25 言った。「のろわれよ。カナン。兄弟たちのしもべらのしもべとなれ。」

ノアは、自分の子供ハムに呪いのことばを残す。

・ヤコブ
創世記49:5シメオンとレビとは兄弟、彼らの剣は暴虐の道具。6わがたましいよ。彼らの仲間に加わるな。わが心よ。彼らのつどいに連なるな。彼らは怒りにまかせて人を殺し、ほしいままに牛の足の筋を切ったから。7のろわれよ。彼らの激しい怒りと、彼らのはなはだしい憤りとは。私は彼らをヤコブの中で分け、イスラエルの中に散らそう。

ヤコブは、自分の不たちの子供(シメオンとレビ)に、死ぬ寸前呪いを祈りをする。

ノアやヤコブは、子供たちにもみことばを曲げなかった。
私たちも、子供たちにバランスの取れた教育、祝福とそのではない厳しさを示した。
神様への愛はもちろん、大事であるが、神様への恐れも必ず必要である。
そうでないと、人間は勝手に生きるようになるからである。

●イスラエル民族へのカナン定着時の教育(祝福と呪いの教育)
申命記11:29 あなたが、はいって行って、所有しようとしている地に、あなたの神、主があなたを導き入れたなら、あなたはゲリジム山には祝福を、エバル山にはのろいを置かなければならない。

カナンに入る前に、神様は新しい地に入った時の教育のために、ゲリジム山とエバル山の前で祝福と呪いのことを聞いて、自ら誓う教育をした。そして、実際彼らがカナンに入った時に、その式を行う。十戒とそれ以外のことを朗読し、聞いてアーメンとしながら、いちいち祝福と呪いを学ばせた。

祝福だけを知って、呪いがなんと怖いかがわからないので、人間は勝手に生き、神を裏切り、神を猫や犬程度にも思わない。

私たちは、神様のみことばに、素直に信じること。
みことばに、天国と地獄があること、罪の裁きはもちろん、罪の赦しもありそれがイエス様によって可能だということもわかるべきである。
神様のみことばに従って生きていけば、最高の道に導かれる。
祈らなければ、悪魔に自分の魂も、心も、信仰も全部奪われる。

神のいない人生は、空しい。
不従順と罪に走り続けば、必ず悪魔に100%敗北するようになる。
正しい選択とみことばへの素直な信仰を守り続けましょう。

結びの祈り

天の父なる神様! 悪魔は今も多くの信者をだまし、誘惑し、彼らの信仰と祝福、素晴らしい人生を奪っています。サタンに勝利できるはずの私たちが、悪魔の奴隷として転落して、空しい人生を送ることはないように願います。悪魔は、みことばへの素直な100%の信仰にひびを入れ、いい加減な信仰に転落するように働いています。また、私たちは祝福ばかりに甘えて厳しい不信仰の結末は受け入れようとしない癖があります。祝福と厳しい代価や呪いまでもしっかり理解し今の信仰生活に生かしていけますように。みことばを素直に受け入れ、従える力、また恐れをもって救われた者にふさわしく生活できるように助けてください。イエス様のみ名によって祈ります。アーメン