三位の神の助けによって平安を保ちなさい(ヨハネ14:1,16,18,16:7,20,33)

関連youtube:https://youtu.be/7ePuT2dXXwM
14:1あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。
14:16 わたしは父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるためにです。
14:18わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません。わたしは、あなたがたのところに戻って来るのです。

16:7しかし、わたしは真実を言います。わたしが去って行くことは、あなたがたにとって益なのです。それは、もしわたしが去って行かなければ、助け主があなたがたのところに来ないからです。しかし、もし行けば、わたしは助け主をあなたがたのところに遣わします。
16:20まことに、まことに、あなたがたに告げます。あなたがたは泣き、嘆き悲しむが、世は喜ぶのです。あなたがたは悲しむが、しかし、あなたがたの悲しみは喜びに変わります。
16:33わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、あなたがたがわたしにあって平安を持つためです。あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。」


今コロナウィルスのことで全世界が騒いでいます。まさに今は、信仰が試される時期です。
こういうときになると、みんな騒がしてしまいます。 心配が多くなります。

●災難の時にはいつも人間は考えるようになります。いくつかの試練が私たちにはあります。
・個人的災難:試練
・集団や国家的災難:昔のバベル塔、エジフトでの10の災い、イスラエルとその周辺の国の戦争
・世界的災難:ノアの洪水、コロナウィルス等

●今がすぐ終末ではないかもしれないし、またこういう災難が必ず神様からの懲らしめだとは言えないが、大事なことは、クリスチャンはそこから教訓を受けることです。そうでないと、ある日急に終わりの罠にかかるからです。

●とくに日本には災害が多く、これからも厳しい災難が起こる可能性が高いとも言われています。よい学びをする機会ではないかと思われます。

「それでは、クリスチャンはこの時期をどのように過ごすべきか」、考えてみましょう

1.平安をしっかり保つことが必要です。
●平安は大事です。体の健康や免疫に大事です。

①三位の神の完全な守りを信じる
14:1あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい
14:16 わたしは父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるためにです。
14:18わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません。わたしは、あなたがたのところに戻って来るのです。
16:33わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、あなたがたがわたしにあって平安を持つためです。あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。」

Ⅰペテロ5:7 あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。

●神様、イエス様。聖霊の三位による完全な助けを信じることです。
・まず、この騒ぎは何から始まったかです。イエス様が弟子たちに自分が十字架で死に、復活して神のところに去っていくという話からでした。みんな、自分たちと共にいて助けてくださったイエス様が近いうちにいなくなるという話を聞いて、パニックに落ちいたのです。それで、イエス様が彼らをなだめるのが今の状況です。

・14:1には、「神を信じ、また私(キリスト)を信じなさい」となっています。三位のうち、「神とイエス様の二人が守るから、信じてよ」と意味です。また14:16節には、「その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるためにです」となっており、今度は聖霊様が、直接私たちの心の中にまで入ってくださって、私達を守ってくださるという約束です。聖霊の働きは、私だけのために、私の中で私に一番必要なことをもって導き、守ってくださる神様です。こうして、神、キリスト、聖霊の三位の神が一つになって私に最高の守りを与えてくださるという約束です。神を信じ、キリストを信じ、聖霊の働きを信じましょう。これほど、完璧な守りはありません。

・14:18節に、「あなたがたを捨てて孤児にはしません」と約束しています。人間はよく孤児になること、つまり捨てられるのではないかという不安を持っています。まずは、周りの人から捨てられるのではないかという社会的な不安があります。したがって、私たちは家族、友たちとつながることも大事です。しかし、もう一つは上の神によって、今も死後も永遠に捨てられないという確信が必要です。人間には、この二つにおけるつながりと守りを必要です。つまり、この世での社会的なつながり、上の神様との霊的なつながりです。その二つができたら、安心です。平安です。それを今一度確認しましょう。神は絶対に私たちを孤児のように捨てることはしません。

②祈りをもって
Ⅰペテロ4:7万物の終わりが近づきました。ですから、祈りのために、心を整え身を慎みなさい。

・今アメリカ、南アフリカなどでは、大統領がクリスチャンたちに祈りをするように求めています。国家災難の祈りです。
・昔のイスラエルでもたまに国全体が祈りをすることがありました。厳しい戦争や災難の前では共にする祈りが必要です。昔アッシリアの首都のニネベも、罪による滅びを警告されましたが、その時彼らは人だけではなく家畜まで断食祈りをするように求めました。結果、神様は彼らを滅ぼすことなく、赦されたのです。

教会の皆さんも祈りに一緒に参加してください。できれば、夜9時にはみんな一緒に少しだけでもいいから祈りをしましょう。短くても大丈夫です。

③愛をもって恐れを追い出す
・Ⅰヨハネ4:18 愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します。なぜなら恐れには刑罰が伴っているからです。恐れる者の愛は、全きものとなっていないのです。

・Ⅰヨハネ4:18には、「全き愛は、恐れを締め出す」となっています。恐れの反対語は、勇敢ではなく愛です。愛があれば自然と恐れは消えていきます。恐れるとは、刑罰が伴うのではないかということ、つまり自分の罪の赦しに自身がなく、自分は受け入れられていないのではないかという恐れです。ここで、神様の愛は「全き愛」となっています。つまり、神の愛にはうそも、不可能もない、完全な愛です。不純物が少しも入っていないものです。こういう愛をもらうと、人間は本当に安心です。その愛を受けた人は恐れを感じる必要がありません。その愛から遠くなるか、「全き愛」に傷が付くと、また恐れが入ります。

・ローマ12:15 喜ぶ者といっしょに喜び、泣く者といっしょに泣きなさい
このような全き愛を神から受けた私たちは、今度はその愛を他の人々に照らす人になりましょう。
こういう厳しい時だから、クリスチャンは何かが違う、愛のある人だなと感じてもらう必要があります。

●歴史上にもこういう厳しい時のクリスチャンの輝く愛がありました。
AD1世紀ローマ時代、酷い伝染病がはやりました。多くの人が死んだのです。町には死体が広がっていました。しかし、誰も片付けをしませんでした。というのは、その死体に当たると、自分も病気にかかり死ぬので、それができませんでした。また、当時はクリスチャン迫害がすごかったので、多くのクリスチャンは迫害を逃れ、地下に洞窟を造り(カタコムベ)、そこに潜り込み、生活していました。広くて、また迷路になっており、そこには取り締まりもできませんでした。そこに住んでいたクリスチャンたちが、毎晩地上に上がってきては死体を片付け、朝になると消えることが繰り返されていました。人々は、その人たちの正体がわからず、不思議に思っていましたが、調べてみると彼らは迫害で苦しんでいた、地下に住んでいるクリスチャンでした。そこから人々の心が変わり始め、キリスト教が認められるようになるきっかけになったのです。

●また14世紀のヨーロッパにぺストがはやり、それは間欠的に16世紀までも続きました。ヨーロッパ人口の三分一が死ぬほどでした。16世紀に再び始まったヨーロッパでのペストの時に、マルチン・ルーターは、教会での集まりを一時的に閉鎖しました。彼は、自分だけではなく、人に害を与えるならば、愛のをもって集まりを自粛しようではないかと訴えました。1527年7月から10月まで集まりをしなかったのです。

私達も、今の状況は信仰を迫害するのではありません。それならば、どんなことがあっても集まる必要があります。今はそれとは違って他人に害を与えないための愛の印として考える必要があります。

●今もイタリアなどでは神父さんや牧師による証しが聞こえてきています。私たちも何ができるか、考えてみる必要があります。

●孤立というか、距離を置くのは必要ですが、それが人々に傷を残すようなことまで行くことは一番悪い形です。たまに見ると、そういう話を聞きます。電車で咳をしたからみんなからバッシングを受けたり、喧嘩をしたりなどの話もあり、残念です。

2.光と塩となり、証しとなるようにしましょう。
・マタイ5:13あなたがたは、地の塩です。もし塩が塩けをなくしたら、何によって塩けをつけるのでしょう。もう何の役にも立たず、外に捨てられて、人々に踏みつけられるだけです。14 あなたがたは、世界の光です。山の上にある町は隠れる事ができません。

・塩:味を出す役割です。希望のない世に少しは生きる価値ある、意味あると思わせる行動をすることです。味のない、楽しくない、面白くない、この世に何かができるはずです。
・光:暗いところを明るくしましょう。今非常に世界は、社会は暗くなっています。こういう時だからこそ、明るくする何かができるでしょう。クリスチャン一人によって会社が、家族が明るくなるのは素晴らしいことです。電話一本、ラインのトークなどを用いたり、できることは多くあります。そうすると、この厳しいことが終わっても、証しとなり、人々がクリスチャン、神を信じる者は違うと思うようになるでしょう。

・イスラエル民族の出エジプトの時に、奇跡的な形で紅海を渡ったことが周辺の国々に聞こえて、彼らはみんな聖書の神を恐れたり、見方を変えたりしたのです。それで、イスラエル民族が比較的に簡単にカナンに着くことができたのです。

・この時期が終わってから、証になることも、証にならないこともあるので、今から証しとなるようにしましょう。

3.試練を有意義なものとする 
①信仰のよい訓練の期間としましょう。
謙遜さを学んだり、切なる心で祈ったり、神様との切れた関係を新しくしたり、めちゃくちゃになった優先順位を正したりする機会としましょう。また、聖書を読んだり、書籍を読んだりして自分を向上させる機会としましょう。

②試練だけではなく試練の後にくる恵みを考え、今を乗り越えましょう。
16:7しかし、わたしは真実を言います。わたしが去って行くことは、あなたがたにとって益なのです。それは、もしわたしが去って行かなければ、助け主があなたがたのところに来ないからです。しかし、もし行けば、わたしは助け主をあなたがたのところに遣わします。
16:20まことに、まことに、あなたがたに告げます。あなたがたは泣き、嘆き悲しむが、世は喜ぶのです。あなたがたは悲しむが、しかし、あなたがたの悲しみは喜びに変わります

弟子たちはイエス様がいなくなるという噂で、今パニックに落ちいています。でも事実を知れば心配をする理由がないのです。それは、上(16:7)にあるように、イエス様が去っていくと、もっと私のための助け主の聖霊様が私の心に入ってくださるからです。

私たちは試練の真実を知れば、それを乗り越えるのがしやすいのです。16:20には、悲しみが、喜びに変わるとなるからです。しばらくは試練で悲しみますが、その後必ず喜びが戻って来るので、私たちは試練を乗り越える力が生まれるのです。

クリスチャンにおけるすべての試練も同じです。必ずそこには、私の益となることであり、喜びのためのことになります。

結びの祈り
全知全能の神様 今世界は厳しい状況に置かれています。どうか、苦しむ人、病気にかかっている方などを憐れんでください。今の状況が早く終息することを祈ります。また、教会も今は大変難しい環境にあります。どうか、クリスチャンとして、こういう厳しい状況の中でも平安を保つことができますように。祈りと愛とをもって人々に証しとなるような生き方ができますように。多くの方がこういう状況を通して、もっと神様に近づき、神様の愛と福音に触れることができますように。教会に関わる全ての人々に主からの豊かな恵みと神、キリスト、聖霊による完全な守りと癒しを求めます。イエス様のみ名によって祈ります。アーメン

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