わかりやすい信仰者として生きる(創世記26:1-6)

関連動画 → https://youtu.be/frcx25KIoQw

創世記の中の4大人物、その中のイサクには事実あまり大した記事がなかったりする。それで、イサクの説教は少ない。アブラハム、ヤコブ、ヨセフに比べると、地味だなと感じる。そしてアブラハムやヤコブ、ヨセフのように、とくにこれというのがあまりない。なぜだろうか。その理由を最後に理解できたらと思う。その解答は何なのかを考えながら聞いてほしい。

22章(7-9節):従順の人(少年の時期):神のみことばに素直に従う信仰

■アブラハムがささげる時に素直に従う。普通ならば、従順しないために、もがきをする。しかし、彼はそうしなかった。ある意味、アブラハムより殺されるイサクが我慢したことこそ、もっと素晴らしい従順であるという。
■人によっては、従うとはいえ、最後までもがきをし、そして完全に砕かれてやっと慕う。神様の声に暴れる人も多い。
■イサクは反抗もない。まるで、イエス様の十字架での死と似ている。イサクはイエス様の模型、モデルである。

イザヤ53:7 彼は痛めつけられた。彼は苦しんだが、口を開かない。ほふり場に引かれて行く小羊のように、毛を刈る者の前で黙っている雌羊のように、彼は口を開かない。

▶皆さんはどうですか。最近、神様に従順したという覚えがありますか。あるならば、その従順は皆さんの人生において大きな力となり、よい方向に導かれるはずでしょう。神様のあなたへの約束はそのままつながるようになったでしょう。もし、不従順した覚えしかないならば、生き方を考え直すべき。

■従順の重要性:一万の異言より、5つの悟りの言葉が大事である。
Ⅰコリント14:19 教会では、異言で一万語話すよりは、ほかの人を教えるために、私の知性を用いて五つのことばを話したいのです。

■一万のことばよりも、従順の1つがもっと価値ある。従順しない人は、一万のことばで生きるので、うるさいし、高慢になりやすい。
■しかし、従順の人は、むしろ目立たない。教会でもそうである。しかし、そういう人こそ実は従順の人であるかもしれない。
▶ある人は、口はすごい、しかし、行動は伴わない。ある人は、口は少ない。しかし、従順の行動がある。もちろん、口も従順の行動も共にあるならばよいが、それは少ないかも。
▶神様は私たちに口で生きるより、体で生きることを願っている。
▶今年の教会のテーマは、体験信仰、つまり、従順の生き方による、祈りの答えによる、愛の実践による主の恵みを体験しようである。

■サウルは、不従順の代表的な人物である。彼は従順テストでダメになった人である。
Ⅰサムエル15:22 するとサムエルは言った。「主は主の御声に聞き従うことほどに、全焼のいけにえや、その他のいけにえを喜ばれるだろうか。見よ。聞き従うことは、いけにえにまさり、耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる。

■サウルはイスラエルの最初の王となったが、従うことをしない。いつも自分の思いや名誉、立場を考えて行動する。神様のみことばや命令にしたがって、行動するのはない。神様も何回かのテストの後、サウルは用いることができないと判断した。
▶信仰において従うことが締める割合は、80-90%。皆さんは基本的に神のみことばに従って生きる人なのか、あるいはそれとは関係なく自分の思いに従って生きる人なのかを考えてみてほしい。


24章(2-7節):イサクの結婚(結婚の時期):親の信仰の話に素直に生きる人
■約束の成就のためには、結婚も大事である。当時は、イサクは原住民との結婚の問題点を知った。大体、結婚を通して信仰が変質する場合が多い。神様の約束も断絶されてしまう可能性が高い。
■ソロモン、アブラハム、バビロンから帰還後にも。徹底的に力を入れた。エサウの結婚のことですごく心を痛めるようになる。
■みなさん、結婚はすごく大事。一番よくないケースが違う宗教同士で結婚。これは最悪。それによって約束も信仰もおかしくなることを知ったアブラハムは、息子の嫁探しに全ての力を注ぐ。
▶結婚によって皆さんの信仰が大きく影響されるということを理解して、今から祈り準備を進めること。
■それでアブラハムは、エリエセルという僕に頼む。イサクの嫁を探して連れてくるようにと。
■その僕にいくつかの約束と誓いを求める。アブラハムのこだわりすぎる息子の結婚への思いの印である。
・嫁を故郷から連れてくること。ただし、イサクをそこに連れて行ってはならない。場合によっては、イサクが故郷から戻らないことになると、カナンに行くように言われた神様の約束が根本からダメになることも予想された。
■そこまでが、親の責任だった。
▶結婚のアドバイス:信仰の大切さを知り、これを第一にすること。世の人に証しや魅力を感じてもらうようにすることも必要である。人にも証しとなったり、魅力を感じてもらえるようにすることが必要である。

26章(1-6節):イサクの生活ぶり(結婚後の生活):人には柔和で生きた信仰者
■飢饉の時の姿:エジフトに降りていかないように。ここにいなさい。イサクは従順。
▶その結果、100倍の祝福(最高の祝福)をもらった。この100倍というのは想像を超える祝福である。したがうと、全部物質的な祝福がついてくるわけではないかもしれないが、しかし心の平安と大胆さは必ずある。
▶ある人は、環境に従って生きる人がいる。それはよくない。それより、神様のみことばに従って生きることである。ききんがあると、みんな当時の豊かな国であるエジフトに行こうとする傾向がある。それはよくない。目に見えることを求めてすることは災いになる。
■それで、彼は近くのグラルにて生活。そこは自分たちの祖先が生活していたところである。彼は従順した。

■イサクの生活ぶり
・うそをつく:アブラハムのように。
▶状況が厳しくなると、大体うそか、怒りかを発するようになる。

■井戸掘りと寛容のイサク
当時井戸を掘ること、井戸を所有することは何よりも大事である。せっかく何か月かかって井戸を掘っておいたのに、時間も努力もものすごく入ったと思う。すぐ水が出ないと、別のところに移してまた掘ることを繰り返してやっよ井戸が機能する。だから井戸をめぐっての喧嘩が絶えなかった。

▶原住民の彼らが攻めてきたら、譲る。寛容にする。何回も井戸を譲る。イサクの柔和と寛容が目立つ。
・彼らは周りの人に証しとなる生活をした。自分の私利私欲だけを求めて生きたのではない。自分が先に犠牲にする。「どうぞ」の心があった。

■自分の信仰をダメにすることなく、周りの人とも仲良くできること。
 自分の信仰を傷つけ、だめにしてまでしてはならない。

このように、イサクは神には従順、人には柔和と寛容の心があり、素晴らしい信仰者であった。
私たちも、この二つはすごく大事である。
そしてこのような人生は一見目立たないかもしれない。神や人と、争いや喧嘩を造らないで。しかし、これこそ、信仰中心のシンプルな生き方であり、一番理想的な信仰かもしれない。
私たちももう一度自分を振りかえ、イサクの信仰に見習って生きようではないか。

結びの祈り
天の父なる神様! きょうはイサクの信仰から、わかりやすい信仰者として生きる秘訣を知りました。彼は、地味で目立つような信仰者ではなかったですが、実はそれは彼が従順の人だったこと、また柔和な人だったからだと知りました。人生を複雑に、それで目立つ信仰者として生きることではなく、シンプルでわかりやすい信仰者として生きたイサクこそ、模範的な信仰者であることを知りました。私も、神には従順を通してシンプルな信仰者として、また人には争いではなく柔和な人として生きることができるように、お導きください。イエス様のみ名によって祈ります。アーメン

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