不信仰的妥協の結末(士師2:1-10)

(動画は https://youtu.be/XvpsA5gQeZ8
士師記は、BC1100ころ、イスラエルが400年余りのエジプトによる奴隷生活からかいほうされ、40年の厳しい荒野を通ってやっと到着した、カナンという夢の地での定着時代が背景である。約300年間続いたと思われる。

先に以下の聖句を二つ読んでから始めます。

出エジプト3:8 わたしが下って来たのは、彼らをエジプトの手から救い出し、その地から、広い良い地、乳と蜜の流れる地、カナン人、ヘテ人、エモリ人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人のいる所に、彼らを上らせるためだ。
カナンというところは、「乳と蜜の流れる地」であると神は言われた。それは、本当に牛乳や蜜がたくさん出るという意味ではなく、信仰的な真の自由があり、神と共にすることで、豊かな人生を味わえるという意味であるが、果たしてそうなるだろうか。

士師21:25 そのころ、イスラエルには王がなく、めいめいが自分の目に正しいと見えることを行なっていた

上記の聖句は、士師記の最後のことばである。当時のイスラエル人には、王がいなく、各自自分勝手な道を歩んだと書かれている。目に見える王だけではなく、信仰の王である神がいないので、非常に混乱していた時代である。今も同じ事が言える。これが士師記のテーマである。もちろん、私たちにも永遠のテーマである。それでは、信仰的な妥協によってどういう結果が現れるか、考えてみよう。

[説教]
この本文(2:1-10)は、3つの段落に分けて考えてみたい。最初は1-2節で「不信仰的妥協」、次は3-6節で「形だけの信仰(修正の効かない信仰)」、最後は7-10節で「信仰の継承の道が閉ざされる」ということで考えてみたい。つまり、個人や家庭、教会、社会の信仰の崩壊や混乱がどのようにしてもたらされるのか、考えてみたい。



「段落1」不信仰的妥協

1 主の使いがギルガルからボキムに上って来た。そして言った。「わたしはあなたがたをエジプトから上らせて、あなたがたの父祖たちに誓った地に連れて来て言った。『わたしはあなたがたと結んだわたしの契約を決して破らない。2 あなたがたは、この地の住民と契約を結んではならない。彼らの祭壇を打ち壊さなければならない。』ところが、あなたがたはわたしの声に聞き従わなかった。なぜこのようなことをしたのか。

• み使い、ギルガルの意味、エジプトからの解放
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ギルガル:カナン最初の地、戦争の前哨基地、ヨルダン側の奇跡を記念する記念碑、戦争を前に男性の割礼、過ぎ越しの最初の記念した深い意味がある場所で、ここでのことをしっかり思い起こして、信仰に戻ってほしいという神の悲しい願いであった。

・私たちも熱心に礼拝、証し、交わりがなくなるのはよくない。

・エジプトの奴隷から自由になったのに、また神からの自由を捨て別の奴隷にみずから入る。

• 妥協:神との契約を破り、原住民と契約をする。(本当は、打ち壊し征服し続けるべきなのに)

・いい加減なところで終わり、早く平和条約。

・原住民の生活を憧れる。

・緊張なく仲よくが最高ではない。それによって信仰が壊される。

・時には、健全な葛藤が必要である。あいまいな妥協をよくない。信仰は葛藤であり、それは戦い。

「段落2」:形だけの信仰(修正の効かない信仰者)
3 それでわたしも言う。『わたしはあなたがたの前から彼らを追い払わない。彼らはあなたがたの敵となり、彼らの神々はあなたがたにとって罠となる。』」4主の使いがこれらのことばをイスラエルの子ら全体に語ったとき、民は声をあげて泣いた。5 彼らはその場所の名をボキムと呼んで、その場所で主にいけにえを献げた。6 ヨシュアが民を送り出したので、イスラエルの子らはそれぞれ土地を占領しようと、自分の相続する地へ出て行った。

•妥協の結果の警告:仲よくなるのではなく、敵、罠となる。

ルネ・ジラール(欲望の三角形理論)
彼は人間の欲望は、最初から自分のものではなく、他人のことを模倣することによって生まれるということである。つまり、他人がお金持ちでそれをずっと求めて生きるので、自分も彼の欲望を真似して自分のものにするのである。他人がよい家や車を買うのを見て、それを自分のものにするということである。私たちは周りの信じないほとんどの人たちから影響を受け、欲望に陥ることが多い。イスラエル人もカナンに入ってみると、自分たちより豊かで文明が発達している人々がいた。それで、イスラエル人は彼らの生活や文化を憧れるようになった。彼らのようになりたい。そのためには、早く彼らと平和条約を結びたいと思ったのである。そこから、以下の神と欲望の衝突が生まれる。
欲望三角形(ルネ・ジラール).jpg

神と欲望の衝突:欲望に引っ張られ、相手からの約束もないのに、自分でよくなるだろうという願望だけで、自らが富や安楽に忖度し、投降して、その欲望の奴隷となることを決めた。

世の友となることへの警告(ヤコブ4:4)、Ⅰヨハネ2:15-16)

ヤコブ4:4貞操のない人たち。世を愛することは神に敵することであることがわからないのですか。世の友となりたいと思ったら、その人は自分を神の敵としているのです。Ⅰヨハネ2:15世をも、世にあるものをも、愛してはなりません。もしだれでも世を愛しているなら、その人のうちに御父を愛する愛はありません。16すべての世にあるもの、すなわち、肉の欲、目の欲、暮らし向きの自慢などは、御父から出たものではなく、この世から出たものだからです。

•泣いた

・いけにえ:悔い改めの涙ではない。真の自分の心をささげるいけにえではなかった。

•占領しようとしたが、言葉だけで終わる。

「段落3」:信仰継承の道が閉ざされる
7 ヨシュアがいた間、また、主がイスラエルのために行われたすべての大いなるわざを見て、ヨシュアより長生きした長老たちがいた間、民は主に仕えた。8 主のしもべ、ヌンの子ヨシュアは百十歳で死んだ。9 人々は彼をガアシュ山の北、エフライムの山地にある、彼の相続地の領域にあるティムナテ・ヘレスに葬った。10 その世代の者たちもみな、その先祖たちのもとに集められた。そして彼らの後に、主を知らず、主がイスラエルのために行われたわざも知らない、別の世代が起こった。

•指導者がいる間だけ、民は神に仕えた。

•別の世代:神を知らない。信仰継承の教育の不在。信仰の暗黒時代。

•信仰の自立への努力(3つの自立:仕事・生活・信仰)

•ユダヤ教の継承:ハブルタ

「結びの祈り」天の父なる神様、きょう士師記を通して信仰の大切さ、またどのようにして信仰が個人や家庭、社会から消えていくのかを鏡のように見ることができました。不信仰を憧れ、その彼らに不信仰的な妥協への素早い行動、神よりは欲望を選ぶ姿勢、中身のない形式的な悔い改めによる修正の効かない生き方、信仰継承のないシステムや教育などによって、イスラエルから神様への信仰が徐々に消えていき、その結果厳しい歴史を歩むようになったことを覚えます。どうか、自分たちの信仰を再点検し、信仰への歩みを確かなものとすることができますように。イエス様のみ名によって祈ります。アーメン

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