素直な従順、完全な備えと導き(士師記4:1-10、14,16、21)

動画:https://youtu.be/0jG1dNh7mvA

<関連聖書のみことば>
1イスラエルの子らは、主の目に悪であることを重ねて行った。エフデは死んでいた。
2主は、ハツォルを治めていたカナンの王ヤビンの手に彼らを売り渡された。ヤビンの軍の長はシセラで、ハロシェテ・ハ・ゴイムに住んでいた。
3すると、イスラエルの子らは主に叫び求めた。ヤビンには鉄の戦車が九百台あり、そのうえ二十年の間、イスラエルの子らをひどく圧迫したからである。

4ラピドテの妻で女預言者のデボラが、そのころイスラエルをさばいていた。
5彼女は、エフライムの山地のラマとベテルの間にあるデボラのなつめ椰子の木の下に座し、イスラエルの子らは、さばきを求めて彼女のところに上って来た。
6あるとき、デボラは人を遣わして、ナフタリのケデシュからアビノアムの子バラクを呼び寄せ、彼に言った。「イスラエルの神、主はこう命じられたではありませんか。『行って、タボル山に陣を敷け。ナフタリ族とゼブルン族の中から一万人を取れ。
7わたしはヤビンの軍の長シセラとその戦車と大軍を、キション川のあなたのところに引き寄せ、彼をあなたの手に渡す』と。」
8バラクは彼女に言った。「もしあなたが私と一緒に行ってくださるなら、行きましょう。しかし、もしあなたが私と一緒に行ってくださらないなら、行きません。」
9そこでデボラは言った。「私は必ずあなたと一緒に行きます。ただし、あなたが行こうとしている道では、あなたに誉れは与えられません。主は女の手にシセラを売り渡されるからです。」こうして、デボラは立ってバラクと一緒にケデシュへ行った。

10バラクはゼブルンとナフタリをケデシュに呼び集め、一万人を引き連れて上った。デボラも彼と一緒に上った。
14デボラはバラクに言った。「立ち上がりなさい。今日、主があなたの手にシセラを渡される。主があなたに先立って出て行かれるではありませんか。」そこで、バラクはタボル山から下り、一万人が彼の後に従った。
16それでバラクは、戦車と陣営をハロシェテ・ハ・ゴイムまで追いつめた。こうして、シセラの陣営の者はみな剣の刃に倒れ、残された者は一人もいなかった。
21だが、ヘベルの妻ヤエルは天幕の杭を取ると、槌を手にしてそっと彼に近づき、そのこめかみに杭を打ち込んで地に突き刺した。彼は疲れて熟睡していたのである。こうして彼は死んだ。


<人間の悪循環・神の慈しみの好循環>(1-3節)
●士師記に出てくるパターンがここにも出てくる。同じ悪さ(偶像崇拝等)を繰り返すが、神はそれでも彼らの叫びを聞いてくださる。300年以上、イスラエルは同じことを繰り返す。

●私たち人間も、2度と同じ罪を犯さないと誓うのに、また繰り返す。神様は、私たちを捨てないで、拒まないで、受け入れてくださる。

つまり、人間の罪への悪循環もあるが、それに対抗して神様は愛と慈しみの好循環が現れる。多分人間の悪循環の力より、神の慈悲による好循環がもっと大きいので、人間はいつまでも赦され、神の前に立つことができる。以下の聖句にあるように、神の憐れみは尽きない。

哀歌3:22私たちが滅びうせなかったのは、主の恵みによる。主のあわれみは尽きないからだ。23それは朝ごとに新しい。「あなたの真実は力強い。

●私たちはこのイスラエルと同じで、いくら罪を犯しても、いくら同じ罪を繰り返しても、主の前に出ていける。神は、そういう私たちを受け入れてくださる。勇気をもって主の前に出ていこう。

●神は士師時代、何回も罪を繰り返すイスラエル民族を一回も捨ててなかった。それで、彼らは今までつながった。懲らしめはあっても捨てはしなかった。人間は欲やかたくなな心によって、自分の不従順や不信仰への気づきが遅い。そのとき、神は苦しみを通して、人間に気づかせてくれる。

●不信仰や不従順に懲らしめもないということは、ある意味完全に捨てられたことになる。それこそ、最悪の呪いであり、罰である。というのは、そういう人たちは生きている間に、悔い改めることができず、死んで直接滅びに直行するようになるからである。悔い改めの機会がないことは、最悪のさばきである。

●実は、イスラエル民族にこのような悪循環が繰り返されるのは、彼らが訓練ができていないからである。訓練とは、厳しい状況になってから、やっと神を覚えるのではなく、普段神と共に歩むことを学ぶことである。礼拝をする、毎日聖書を読む、QTをする、水曜日の祈祷会をするなどをし、良い時も苦しい時も、神と共に歩む生き方を身につけるべきである。

●ただ、こういう訓練ができないと、大変な時だけ神に近づき、良い時は自分のわがままをする。イスラエルと同じスタンスになってしまう。


<神に用いられるのに、男や女、弱者や健常者の差別はない>(3-9節)
●3節で、敵のヤビンの力は、鉄の戦車900台を持ち、まるで今の核ミサイルと同じ。そういう国との戦いに、神は力強い男ではなく、女士師、デボラを選んだ。これが、意味深い。つまり、この戦争は人間の戦いではなく、神様による戦いであるという宣言である。

●それで、デボラは今度立派な戦いができると思われるバラクという男を選び、彼にこの戦いに出るように話す(8-9節)。しかし、バラクはあなたが行くならば行くという中途半端な信仰の態度を取る。神への信仰がない。快く従うことができなかった。彼は頑張ったが、結局栄光はもらえなかった。敵の軍長シセラは、結局彼ではなく、ヤエルという、もう一人の女によって殺され、彼女が誉を受けるようになった(21節)。不従順によって、本来自分がもらえるべき誉が、ヤエルという女に渡った。

●9節:「従順のないところに誉もない」となっている。神様に栄光をあがめる最高の道は従うこと。もちろん、自分に誉をもたらすようになる。したがって、すごい賜物よりも、小さな従順の生き方がもっと大事ではないかと思われる。私たちは、自分のちっぽけな頭に頼って、生きるより従順して生きるほうがはるかに祝福される。

●女たちの素晴らしい信仰と従順:歴史上の大変なこの戦争をこの女性、デボラ、ヤエルに任せ、立派に勝利に導く神様。誰よりも、二人は素直な信仰者であった。

 ※でも、サウル王の場合は、神様の命令に従わず、自分勝手に行った。

 ※デボラやヤエルのようにきれいに従う人は、なかなか少ない。

●従順の姿
 ①この女たちのように、素直な従順
 ②バラクのように、中途半端な従順、これが多いかも
 ③完全な不従順

<従順には神の働きと導きが付いてくる>(10,14,16,21節)
●14節:従順すると、神様が先立って行ってくださるから。従うと、神が先立って道を開いて下さる。

 ➊従順には神の備えと導きあり(イルエの神)

 ➋従順には、誉有り(Obey&honor)
  Not obey, not honor(従順なしには誉なし).  No cross No crown(十字架の犠牲なしに、栄冠はない).

●みことばに従うのは最高の戦術・生き方、方法・技術・処世術である:これこそ後悔のない最高の生き方ではないか。ちっぽけな自分の頭に頼ってはならない。

●素直な従順に完全な導きと勝利ある(16節、21節)
デボラとバラクは、喧嘩も、戦争もあまりしないで勝利した。神様が全部行った。戦車は高い山に行けなく、平野にいた時、神は雨をキション川に降らせ、氾濫で戦車が使えなくなり、自ら敗退するようになった。これが、従順するものに、神様が先立って行うことである。

●女性の信仰と役割
日本のクリスチャンの7割前後は女性である。だから、活躍が求められる。男は限りがある。教会でも、姉妹たちの活躍が求められる。牧師、伝道師、様々な方法で活躍が求められる。またはリーダーの役割が可能であり、JOYでもそれを期待する。自分は弱い、女であまりできないという自己卑下をせず、信仰をもって従順していこう。

最後に以下の祈りをして終わりたい。

「結びの祈り」
天の父なる神様! きょう、女士師であるデボラの素晴らしい信仰について学びました。彼女の神からあずかったみことば、そしてそれに対する素直な従順、そして彼女についてくるバラクを通して、奇跡の歴史を起すことを拝見しました。そして、その従順に対し、神様は先立って環境を準備し、完全な勝利へ導いてくださいました。女デボラとヤエルのように、私も神様に用いられる、素直で従順な信仰者となりますように。弱い自分の姿、目の前の問題だけを注視するのではなく、偉大な神様とその働きを信じて前進していけますように。イエス様のみ名によって祈ります。アーメン










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