人間創造と堕落から見えてくる神様の愛(なぜ神は人間を罪を犯さない存在にできなかったのか)(Ⅰペテロ3:15, 創世記1:26-27)

Ⅰペテロ3:15 むしろ、心の中でキリストを主としてあがめなさい。そして、あなたがたのうちにある希望について説明を求める人には、だれにでもいつでも弁明できる用意をしていなさい。

1.なぜ、神は人間を罪を犯さない存在(ロボットのような)にできなかったのか。

もちろん、神は人間を罪を犯せないロボットのように作ることができたでしょう。しかし.なぜ?
最高の関係、真の価値ある関係を保つために(親子の関係)

①人間と自由意志
人間は神の形に似せて造った。自由、創造、道徳、知的、霊的な存在として造った。
創世記1:26そして神は、「われわれに似るように、われわれのかたちに、人を造ろう。そして彼らに、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配させよう。」と仰せられた。27神はこのように、人をご自身のかたちに創造された。神のかたちに彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。

人間の知的な能力、道徳的な能力、霊的な能力を完全に発揮することができる場所がエデンだった。そして、人間はこのエデンの園で理性的な存在(知的能力)として、良心に伴う自由と責任(道徳的な能力)を持って神と交わり(霊的存在)を通して、神と自然との完全な調和と平和、そして真の自由を保つことができた。もちろん、人間は自らの自由な選択によって、神との関係を保つことも、また破棄することもできた。善も悪も何でもできる存在となった。ところで、神様は人間に一つの条件を与えられた。それは、「善悪を知る木の実を食べてはならない」という、神の条件である。

人間に神が自由を与えるというのは、すごい悩ましいこと(?)だったかもしれない。自由を与えると、自分に背き、敵対し、神を踏みにじるようなこともするかもしれないからである。するはずである。にもかかわらず、そういうこともできる自由を与えるとは、なんと悩ましいことだろう。たぶん、その中にはこれから人間との闘い、葛藤、悪や罪に対する忍耐などを覚悟した上での厳しい決断だったかも。つまり、神の愛がそこには見えてくる。

②選択の価値、自由のリスク
最高の関係、真の価値ある関係を保つためには自由意思を与え、その中で自分で考え選択をすることが大事である。親子の関係においても、上司関係にも、夫婦関係にもそうである。

多分神は人間が罪を犯すことを知っただる。知っていても、人間をロボットではなく自由な存在にするしかなかった。人間が価値あるというのは、自分で考えて生きること、それが尊重される。でも、夫婦の間にもDVとか、人間観帰依にもパワーハラスメントがあるとかは、非常に短編的な人間の利己心である。
ロボットのような妻、夫のほうがましだという人もいる。なんでも素直に従うからである。それで、動物、犬や猫がもっと好きだという人もいる。つまり人間疲れ、人間離れが進んでいる。自由を持った人間は面倒くさい存在であると思う。
だといって、一つの制限を加え始めると、どんどん制限を加え、可笑しい存在となってしまう。最近は、メードさんのいるカフェ、性的なドールまでも登場するのもその一つである。

確かに人間はなかなか頭痛い存在である。忍耐、愛、赦しなしには、なかなか付き合えない。なので私が神だったならば、ロボットのようにしたかも。しかし、あなたは自分の子どもに自由を与えると、罪を犯し、または親に従わなくなるかもしれないからといって、ロボットの方がいいと思われるだろうか。これが共産主義、独裁者の存在理由である。独裁者は自由な反抗、意見、非難、敵対を赦すことができない。民主主義は、大変でまとまらない。うるさい。それでもそれが必要である。つまり、自由を与えることはある意味、大きなリスクである。でもそれしかない。親は、もし子どもが罪を犯すことがあっても、ロボットでなく、愛と忍耐のうちに成長していく自由な人間であって欲しいと願うのではないだろうか。私たちは、いつも誘惑される。人間をロボットにしたい。

③結局、教育が唯一の方法であり、しつこく伝えること、そして忍耐の苦労をすることである。それが神様の方法だった。
このように自由を与えることは、基本的に神様は人間との大きな葛藤、苦しみ、忍耐などの限りない愛をしなければならないという覚悟の上のことである。私はここから本当に大きな神の愛を感じる。最後の最後まで、素直に従ってくれない人のために、神はこれからどれほど苦労し、忍耐するだろうか。時間も努力も、犠牲も半端ではない。背く人間と付き合う神に感謝する。罪によって自分から救いから遠ざかった人間を、再び神に近づけさせ、救いにあずかるようにするのには、考えられない痛みを伴うはずである。その一つが、十字架である。そして、神はひたすら愛と忍耐をもって彼らに神の愛を延べ伝え、教え続けるしかなかった。以下のように神は、ずっと人間に近づき、神の存在をあらわし、説得し続けることをしてこられた。

イザヤ44:7 わたしが永遠の民を起こしたときから、だれが、わたしのように宣言して、これを告げることができたか。これをわたしの前で並べたててみよ。彼らに未来の事、来たるべき事を告げさせてみよ。

④「自由な選択」だけでは終わらない。選択の責任を負う、裁きの時があることは肝に銘じること
伝道者の書11:9若い男よ。若いうちに楽しめ。若い日にあなたの心を喜ばせよ。あなたの心のおもむくまま、あなたの目の望むままに歩め。しかし、これらすべての事において、あなたは神のさばきを受けることを知っておけ。


<結びの祈り>
天のなる神様!きょう創造における神様の深い摂理と、それに込められた神様の願いを知ることができました。自分の形に造られた人間に対する深い愛と、交わりへの強い期待を知ることができました。しかし、自由を得た人間は、なかなかその願いに従わず、神様の愛は多くの障害物に出会います。しかし、神の愛は弱まることなく、キリストの十字架にまで進みます。今も私達に限りなく、近づいてきて、愛を示される神様の愛に、私も答えることができるよう祈ります。選択の自由とはいえ、少しでも神の愛に答え、その神様との交わりを楽しみ、近づき続ける人間としてください。イエス様のみ名によってお祈りします。アーメン

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