私の人生のコペルニクス的転換(ルカ6:20-26)

<聖書箇所>
ルカ6:20 イエスは目を上げて弟子たちを見つめながら、話しだされた。「貧しい者は幸いです。神の国はあなたがたのものですから。
21 いま飢えている者は幸いです。あなたがたは、やがて飽くことができますから。いま泣いている者は幸いです。あなたがたは、いまに笑うようになりますから。
22 人の子のために、人々があなたがたを憎むとき、また、あなたがたを除名し、辱め、あなたがたの名をあしざまにけなすとき、あなたがたは幸いです。

23 その日には、喜びなさい。おどり上がって喜びなさい。天ではあなたがたの報いは大きいからです。彼らの先祖も、預言者たちをそのように扱ったのです。

24 しかし、富んでいるあなたがたは、哀れな者です。慰めを、すでに受けているからです。
25 いま食べ飽きているあなたがたは、哀れな者です。やがて、飢えるようになるからです。いま笑っているあなたがたは、哀れな者です。やがて悲しみ泣くようになるからです。
26 みなの人にほめられるときは、あなたがたは哀れな者です。彼らの先祖は、にせ預言者たちをそのように扱ったからです。


●人生の地動説と天動説
コペルニクスの前までは、太陽が地球を回るとした。しかし、コペルニクスは反対に地球が太陽を回ると主張した。180度の転換であり、思考の変換である。信仰的にも、自分中心に神を考え、回していくのが、天動説である。しかし、キリストを信じてから、神やキリストを中心に自分が回るべきと、認める変化のことである。クリスチャンになってこういう変化をした人なのか、それとも昔のままなのか、それによって大きな変化が出てくる。天動説の信仰(?)、地動説の信仰とも言える。

1.二種類のクリスチャン

幸いな人・哀れな人1_アートボード 1_アートボード 1.jpg

・左側の人:神やイエスのために、こんなことがあるのか。また必要な時にはそういう選択もできるのか。
・右の人:神やキリストとは関係ない。この世の基準や価値観に従ってひたすら生きる人
・ルカの福音16章:金持ちとラザロの例がそれ似ている。


●本当の信仰者・健全な信仰者の区別:価値観・世界観の変化
・人間にとって一番変化しにくい、一番深いところにあるのが、この価値観や世界観である。しかし、これが変化してこそ真の信仰者となる。
・価値観(何がもっとも価値あるのか):聖書的な価値観(聖書が示す価値を求める)、聖書的ではに価値観(この世の人々が追求する考え方や生き方を求める)
・世界観(今の世界、死後の世界の存在や在り方、未来の行方、自分の存在の有り方や行方に対する考え方):聖書的世界観、非聖書的世界観
・この価値観や世界観の変化こそが、真の信仰のバロメーターである。

2.確実な回心と変化(価値観や世界観に変化が来る)
・しっかりイエス様を受け入れ、救われた人、回心した人は、大体この価値観や世界観が変わる。
・天国のいのちをもらった人は、世界観や価値観が変わる。
・価値観や世界観は、人の一番深層にあるが、回心はそれらの変化をもたらす。
・表面の生き方や考え方は、その現れにすぎない。
・皮だけ少しキリスト教の文化によって変色しても、このコアにある部分が変わらないと、変化したとは言えない。
・一番奥の中身がどうなっているのかが大事である。


3.この世の価値観(繁栄信仰)と聖書的価値観(天国の希望)
●繁栄信仰(世俗的価値観):目に見える物質的な祝福を求める
・世から笑い、お腹いっぱい、世の褒めを、もらったときには教会に来なくなる。
・それが必要なときには、教会にきて、祈り、聴くなどもするけれども。
・教会や神が、個人の利己的な繁栄の手段と強くつながっている。
・主の国の苦しみを受け入れられない。もしこれらがくるならば、逃げる。
・マタイ19章の金持ちの青年、ルカ12章の金持ち

ルカ12:19 そして、自分のたましいにこう言おう。「たましいよ。これから先何年分もいっぱい物がためられた。さあ、安心して、食べて、飲んで、楽しめ。」』20 しかし神は彼に言われた。『愚か者。おまえのたましいは、今夜おまえから取り去られる。そうしたら、おまえが用意した物は、いったいだれのものになるのか。』21 自分のためにたくわえても、神の前に富まない者はこのとおりです。」

・彼らは、この世の価値観や成功のためには、いくらでも犠牲し、投資するが、神のためにはできない。してもふりをするくらい。あまり打撃のない程度でする。

●聖書的価値観(天国の希望)
・目に見えない霊的な祝福、天国の希望の大切さ。
エペソ1:3 私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神はキリストにおいて、天にあるすべての霊的祝福をもって私たちを祝福してくださいました。

・一番深層の奥から変化した人
・主の国への自発的従順や犠牲、主の国への投資へ尽力することができる。
 聖書的価値観の伴っていない人には理解できない。神のために心から犠牲できない。苦しみを受けることができない。献金も献身も、奉仕も心からする。

マタイ6:21 あなたの宝のあるところに、あなたの心もあるからです。

 イエス様は、自分のすべてを私たちのために投資し、犠牲にしてくださったのではないか。それにこたえるのが、私たちの信仰である。

ローマ8:32 私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。

●聖書は、聖書的価値観を勧めている。この世に価値を置くのではなく、霊的な神の世界観や価値観に希望を置く。それは天国のに宝を積むことを喜びとする。天国での冠を求める。それで、聖書は私たちに次のように勧める。この世のことを愛してはならない

Ⅰヨハネ2:15 世をも、世にあるものをも、愛してはなりません。もしだれでも世を愛しているなら、その人のうちに御父を愛する愛はありません。16 すべての世にあるもの、すなわち、肉の欲、目の欲、暮らし向きの自慢などは、御父から出たものではなく、この世から出たものだからです。

ローマ12:2 この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。



<結びの祈り>
天の父なる神様、この世の価値観に従って生きた結果、神の価値観や世界観が薄くなり、そのため生き方にも考え方にも混乱することがあります。私たちは自分も知らずのうち、世の不信仰的世界観や価値観に左右され、神の国のために生きることができないまま、さまようことが多くあります。そういう自分を悔い改め、生き方に変化をもたらしたいと思います。どうか、この世の短絡的で物質的な世界観に陥没されないで、聖書が教える神の世界観に変わり、世の人々の生き方や考え方に染まって生きるのではなく、聖書の永遠なる世界観、もっとも価値ある世界のために、自分の人生を投資し、それに尽力する人となりますように。イエス様のみ名によって祈ります。アーメン




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