ご利益と信仰
日本の宗教を言う時は全部ご利益という前提がそこにあります。だから神社やお寺などでは、期待する利益の種類にによって細かく分かれ、様々なご利益を与えるといわれています。また、訪れる人も、お金、商売、恋愛、健康などなど、自分に必要なご利益を求めて訪れるのです。そしてそこには、宗教運営者と訪れる人の両方を満足させるすごいご利益システムがあるのです。訪れる人はお金を少し出して自分の思うご利益をもらおうとし、その運営側もそれを利用してお金というご利益を狙うのです。両方ともご利益という面では同一致するのです。もちろん、中にはご利益を求めないこともあるかもしれませんが、ほとんどがご利益中心の運営、信仰といってもよいでしょう。キリスト教を名乗る一部でもそういうのがあるかもしれません。
もちろん、ご利益と言って全部悪いわけではないのです。私たちも当然それを求め祈りをしています。少しだけ違いを考えてみましょう。まず死後のご利益を求める要素が強いならば、それは宗教的な機能があることになりますが、ほとんどの場合死後よりや現在、現世の利益だけを求めていてそこには真の宗教の機能も入っていないからです。真の信仰や宗教は現世のためではなく死後に大きな比重をおいているべきです。要は死後の祝福を考える中、現世をもというのも当然あると思います。この前、教会近くの十日えびすの祭りに約100万人の人が参拝したと聞いています。本当に多くの人が福をもらうのに一生懸命であることには驚きでした。宗教や信仰イコールご利益という公式が当たり前となっています。私も皆さんも昔はそうだったと思います。神社側は一年のほとんどの稼ぎがこの時期にあるとも聞いています。宗教というのは、本来今だけではなく死後への来世観、どのようにして救われるかという救い観が明確にあるべきだといわれています。しかし聖書やキリスト教の神は、どうなんでしょう。こういう現世のご利益は全く考えないでしょうか。そうでもないのです。現世の利益もあるかもしれませんが、死後救いこそ最高の報いであると考えるのです。現世、つまり目の前のご利益を前提して信仰するか行動をする、または献金や奉仕をするということではないのです。
目の前のご利益があってもなくても、基本的に神を、キリストを愛するからこそ、自分が当然すべきだと思うことでしょう。というのは、神とキリストがあなたの救いのために先に十字架を背負って死んでくださったからです。その愛があるからこそ、キリスト教の信仰は単純なご利益ではなく愛の関係によって結ばれており、条件やご利益付きで何かをするということはないか、少ないかもしれません。そういう意味では、キリスト教の信仰は関係、あるいは愛がその中にあり、そこから信仰が自然と流れるということになります。そういう意味ではキリスト教は、個人と神様、キリストとの関係が何よりも大事であり、それが基礎となって信仰生活をするということです。家の中の家族の間の関係にもそういう要素があります。家族がご利益だけで行動するのはありません。愛の中でいろいろなことをするのです。ご利益よりご利他と言いたいのです。関係、愛の宗教だからこそ、キリスト教ではまずイエス・キリストを知り、その方が行ったことが何かを理解し、自分のエゴや罪を悔い改め、そして最後にはキリストを自分の救い主として受け入れることで関係を結ぶようになるのです。しかし、一般に他の宗教ではこういうことがほとんどありません。個人的にはその神と何の関係もないのです。知る必要もありません。知らない相手を信じることもなく愛することもできないはずです。ですから、よく日本ではあなたの宗教は何ですかと聞くと、一応家や親がどのこのということになります。愛による関係、それもイエス・キリストの一方的な想像を超えた愛、十字架であなたの罪を背負って死なれたというその愛を受けたあなたですから、そこにご利益だけを優先することはないかもしれません。キリストの尊い愛を受けた者としてその愛にこたえていくという、恩返しの心で信仰生活をするのです。それを私たちは神の恵みによって信仰生活をすることだと話します。つまり、限りない仕えと奉仕をすることになるのです。イエス・キリストはご利益を求めずあなたを救うためにご自分のいのちを捨ててくださいました。
ヨハネ3:16 神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
Ⅰヨハネ4:10 私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。
そしてこれこそ、神とキリストの愛を知るクリスチャンの真の行動であり生き方なのです。今年も私たちは、自分のご利益中心に生きるのではなく神様の愛に見習って仕えと奉仕をしていく必要があると思います。
そのためにも、もう一度神様やキリストの愛を聖書を通して理解することが何よりも大事なのです。今年もエゴのご利益のためではなく、愛に基づいて信仰生活を行っていくことを祈りたいと思います。

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