天国人として生きる人たち:マタイ20:1-13

このぶどう園は、天国の一断面を見せてくれる。いや、神様の国、いや教会に通う2種類の人々について例えをして話している。仕事を得ることができなかった彼らが、ブドウ園の主人によって拾われ、働けるようになった。しかしその人たちの中には、2種類の人々が出てきた。1種類は、ここまでして価値のない自分を条件なくブドウ園の働きに雇ってくださり、また働いた時間も少ないのに同じ賃金を払って下さった主人のために死ぬほど頑張ろうとう思う人たちである。彼らは、この主人に恩返しできるようにしたいと思う人であろう。これが正常な人たちである。しかし、もう一種類は、この主人は私より遅く来た人や私よりもっと働けない人にも、私と同じ賃金を与える不公平な人だと批判する人たちである。しかし、彼はこの主人にくっ付いていれば、私の一生は保証されると考える。主人の顔を伺いながら、いい加減に働きながら、とにかくこの人についていけるようにしようと思う人たちである。救いだけ得られれば大丈夫だ、救いをもらったのでこの世で、安心して自分の好きなことをしながら、生きて死ねば天国に入れてもらおう。神のために働かくなんてどんでもない。いい加減こそ信仰コツである。ただ教会にはまじめに行こう。 1.2種類の人 1)恵みを知らない人の例 ●ルカ12章の金持ち 16それから人々にたとえを話された。「ある金持ちの畑が豊作であった。 17そこで彼は、心の中でこう言いながら考えた。『どうしよう。作物をたくわえておく場所がない。』 18そして言った。『こうしよ…

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