テーマ:QT

神様が私たちを導く最高の方法(참으로 멋진 하나님의 인도)

神様が私たち信じる者を導く方法にはいろいろある。聖霊の強力な働きによるもので、みことばを用いて、人を用いて、またはどうしようもない環境を用いて私たちを最適の場へ導く。中にはとてもつらいこともある。でも一番私たちに違和感なく、葛藤もなく、私たちを導く方法がこの箇所である。つまり、私たちの心に信仰的かつ善なる願いを心の中に起させ、私たちがそ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

信仰が益々輝くのか、それとも変質していくのか! 믿음이 점점 빛이 나는 삶인가 아니면 변질되어 갈 것인가!

これは私の30歳からの私へのプライベート聖句として今もこれを持って祈るみことばである。神様は私達の弱さを助けてくださる方である。そのため私達は神様に求める。しかしそれが行き過ぎると、自分の目的や光栄のために神や信仰を利用するところまで行くことがある。そうなると、信仰は変質していく。多くの人は勘違いをする。神とその栄光のために生きることは…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

過去が未来を支配してはならない!과거가 미래를 지배해서는 안된다!

長い間の過去の敗北に縛られると、人は未来への希望が持てなくなる。きょうの聖句で、神様は以前の敗北だけを思ってはならないと話す。思い出すならば、以前神がイスラエル民族をエジプトから連れ出す時のことを考えてほしいと話す。海を分けてイスラエルを陸地のように連れ出した奇跡である。私という存在は失敗だらけであっても、神様はこの世になかった新しい、…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

クリスマスの喜び

きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。(ルカ2:11)  人々はクリスマスを楽しい日だと思う。たまに聖書がわかる人は、キリストの誕生と言う。もっと聖書が分かる人は、クリスマスは神が人間となった日と話す。それは人間を神に導くための唯一の方法とも理解する。つまり、神が人間となる…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

最初のクリスマスの姿!

博士達は星の案内を受け、遠い道を通ってやっとイエス様のいる場所へたどり着いた。最初のクリスマスのお祝いは、ヘロテ王のキリストを殺そうとする脅威の中で敢行された信仰の行動であった。また、彼らはイエス様のところに着き、数々のよいものを捧げ、ひれ伏し拝むことで終わった。これが真のクリスマスの精神である。 첫 번째 크리스마스의 모습! &…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

われらと共にするために人間として来られたたインマヌエルのイエス様! 임마누엘의 예수남!

本来神であるイエス様は、人間とともにするために、わざと人間の形をとって世に生まれた。そうして最後はわれらの罪を背負って十字架で死ぬことでわれらを救うために世に現れた。このため、神から人間に転落したイエスは、一生不自由に制限され、苦しみの人生を送られたのである。その恵みに感謝するクリスマスであってほしい! 우리와 함께하기 위해 인간으…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

信仰の成分とは(믿음의 성분)

信仰はみことばなしには生まれない。つまり、信仰の中身を分析すると、結局みことばであり、そのみことばから出る美味しいエキスによって心は潤い、信仰が形成される。 信仰という綱は、みことばによる一つより、二つより、みつよりになるにつれて、ますます強くなる。クリスチャンのいのちは、信仰であり、その信仰は聖書のみことはからくる。何らかの形でみこ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

多くの人の救いへのつまずきの石や遮断壁とは! 많은 사람들의 구원의 걸림돌과 차단벽!

なぜ多くの人が救われることができないのか。そのつまずきになるのが何なのか。きょうの聖句には、行ないによって救われようとすること自体が1番大きなつまずきの原因であると話している。 今もほとんどの人はよい行ないによって救われるだろうと思いこんでいる。そう思いこんでいる人さえ、行ないに励むこともしなく、またできるという自信もないのが明らかで…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

最高かつ最強の愛に繋がっているあなたは幸せな人!(韓国語続く)

この世には強いもの、怖くて恐ろしいものも多くあります。しかし、それらはしばらくの間存続し、やがてはなくなります。しかし、神様の愛は永遠になくならない、最強のものです。ここには[力]ではなく[愛]から引き離すことができないと書かれています。力は人格がないが、愛は人格であり、最高の関係を意味します。そんな関係に繋がっているあなたは最高に幸せ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

自分を罪に定めてはならない(良心の呵責より神に感謝を)! 자신을 정죄하지말라

多くのクリスチャン、ノンクリスチャンを問わず過去の罪による呵責やその裁きの刑罰に対する恐怖に苦しむ人が多い。過去の罪こそどうしようもなく手を打つ方法がない。だからこそ絶望感を感じる。しかしきょう聖書は断言する。キリスト・イエスの中に入っている人は、決して過去の罪によって責められたり、罪に定められ苦しんだりすることはない。あなたに代わって…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

人間の限界と弱さ!

人間は強いと思う反面、実は非常に弱いというか、人間という存在としての限界を持っている。例えは、人間は何をすべきで、何をしてはならないという判断力は持っているが、しかしいざとなると、人間はすべきことはしないで、逆にやってはならないことをやってしまう存在てあることに気付く。ときには、絶対にやりたくないと決心をし、何回も近いを立ててもいざとな…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

罪・悪魔・永遠の滅びの世界にとどまってはならない!

上にあげた罪・悪魔・永遠の滅びの3つは、繋がっている永遠の死と絶望をもたらす[死のセットもの]である。しかし、その反対は義・神とキリスト・永遠の天国で、永遠の希望をもたらす[いのちのセットもの]である。 人々は自然と死のセットのほうを好み、その力に縛られ生きていくしかない。この力はあまりにも強く自らは切ることができない。キリストの力な…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

キリスト者の幸せと喜びの理由

人間の常識の一つは、行いがあって不法や罪が赦され、さらに救いを得るということである。しかし行ないを持って考えると、すべての人は救われるところか、むしろ裁かれ罪の罰を受ける可能性が圧倒的に高いという事実に気付かない。確かに行ないについて話すと、それは救いと災いを同時に生み出す可能性があるが、実際は救いより滅びをもたらす可能性が遥かに高くそ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

真の平和と恐れとは?

真の神を知らないと、真の平和への誤解が生じる。つまり、戦争や喧嘩さえなければそれですべては平和だと信じる。しかし、真の平和はそれとは違う。生きているキリストの神との和解なしには、死後に押し寄せてくる裁きとその後の永遠の罰による災いから逃れる道がないということになるからである。そういう状態に置かれることは決して真の平和だといえない。真の神…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

真の平和と恐れとは?

真の神を知らないと、真の平和への誤解が生じる。つまり、戦争や喧嘩さえなければそれですべては平和だと信じる。しかし、真の平和はそれとは違う。 生きているキリストの神との和解なしには、死後に押し寄せてくる裁きとその後の永遠の罰による災いから逃れる道がないということになるからである。そういう状態に置かれることは決して真の平和だといえない。真…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

神を認めて生きるか、そうではないかによって生き方がこんなに変わる!

神を認めて生きることは、何が罪でしてはならないのかを知ることである。つまり、ある意味生きることへの制限をかけることなので、勝手に生きようとする人、自由に罪を犯し、欲のまま生きようとする人には、不便かも知れない。というのは、罪のこと考えず、罪と欲まみれの人生が楽しいと思うからであろう。しかし、その最後の厳しい結果には、目をつぶりたい自分勝…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

私にとって福音とは?

キリストの十字架によって完成された人間救いへの道、つまり福音は人によって受け入れ方が様々である。一番目の段階は、福音とは私と関係ない、第三者的な立場で見る人達、次の段階はキリストの福音は少しは分かるけど、でも弱々しく恥ずかしいものとして感じる人達、最後の段階は福音こそキリストの尊い犠牲によって私達に与えられた今と死後における完全なる救い…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

STOP & PRAYER!(晩鐘から学ぶ)

ジャン=フランソワ・ミレー(Jean-François Millet/1814-1875)は、19世紀フランスの画家。大地とともに生きる農民の姿を、崇高な宗教的感情を込めて描いたミレーの作品は、早くから日本に紹介され、特に親しまれた。 彼の代表作、晩鐘(ばんしょう)には、畑で働いていた夫婦が教会の鐘の音に合わせて、仕事を止めて、き…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

一瞬の感情だけでは真の信仰になれない!

キリストのためならば、命でも捨てますと誓うペテロに向かって、イエス様は答えた。 あなたが私のために命を捨てるの?かえってあなたは私を3回も知らないと否定するだろうと気づかせてあげた。信仰は人間の力や意思、一時の湧き上がる感情によるのではない。ただ1つ、それは神の愛と恵みによる。それが土台となっていないどんな誓いや決心も真の信仰にはなれ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

悪魔に占領されたユダ!

彼はお金に目が遠くなり、悪魔に占領され、狂ったように行動する。自分の先生をお金のために裏切る、逮捕に協力するが、最後は良心の呵責で自殺する。もらったお金は自分のものにならず、命も含め何もかもすべて失った。これがサタン、つまり悪魔の狙いである。悪魔に占領されると、今も死後も台無しとなる。しかし、キリスが主人となっている人に悪魔は存在できな…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more