JOY CHURCH(ジョイ教会)in福岡

アクセスカウンタ

zoom RSS 肉の欲けしのためではなく人生を満たすため生きる

<<   作成日時 : 2018/06/24 08:23   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

1エルサレムでの王、ダビデの子、伝道者のことば。
2空の空。伝道者は言う。空の空。すべては空。
3日の下で、どんなに労苦しても、それが人に何の益になろう。
4一つの時代は去り、次の時代が来る。しかし地はいつまでも変わらない。
5日は上り、日は沈み、またもとの上る所に帰って行く。
6風は南に吹き、巡って北に吹く。巡り巡って風は吹く。しかし、その巡る道に風は帰る。
7川はみな海に流れ込むが、海は満ちることがない。川は流れ込む所に、また流れる。
8すべての事はものうい。人は語ることさえできない。目は見て飽きることもなく、耳は聞いて満ち足りることもない。
9昔あったものは、これからもあり、昔起こったことは、これからも起こる。日の下には新しいものは一つもない。
10「これを見よ。これは新しい。」と言われるものがあっても、それは、私たちよりはるか先の時代に、すでにあったものだ。
11先にあったことは記憶に残っていない。これから後に起こることも、それから後の時代の人々には記憶されないであろう。



<説教本論>
この伝道者の書は、ソロモンが快楽に溺れ、名誉欲に溺れ、神から離れ肉の欲に従って生きた結果、彼が感じた悔い改めの告白書である。

1.空しさを感じる人間

空しいとは、何か満足がない。満たされない。今の自分の生き方が価値あるとは思わない。

動物は空しさを感じない。しかし人間は空しさを感じる。人間と動物の違いであり、人間は神に似せて造られたからである。それで、人間は考える。人間の苦労と疲れの多さに比べて得られれのが何なのか。人間は短い間だけ生きてそれから永遠に存在しなくなるものなのかを悩む。つまり、人間はいつも、もっと永遠であること、もっと価値あるものを求めている。自分の存在価値、自分はみんなからも忘れ去られないで価値あったと承認されることを求めているのである。

空しさを人間は感じるべきでそれがないとおかしい。というのは、人間は神によって造られた尊い存在、永遠に生きる存在として造られたからである。また、空しいを感じるから、人間はもっと価値ある人生を探し、もっと人間らしくなる。もっと神に近づくようになる。

伝道者の書1:2 空の空。伝道者は言う。空の空。すべては空。

この1章の2節には、空しいという単語がなんと5回も出る。ヘブル語での強調は2回繰り返して書く。ここに2節で同じ空しいという単語が5回も出たというのは空しさの窮まりである。つまり、数々の名誉と快楽を全部享受してみたソロモンであるからこそ、この話はもっと説得力がある。普通考えるならば、これほどの快楽、名誉を全部経験した人間ならば、間違いなく満足を感じ、もう満たされたと告白すべきであった。しかし、このソロモンがむしろ誰よりも強く空しさを感じたというのは、ほとんどの人間はこういう快楽や名誉などからは真の満足を得られないという証しである。

空しさの要因を探してみよう。この本文に出てくることを中心に考えてみよう。

@人間は苦労しすぎて疲れで覆われている。
A太陽、風、川は永遠であるが、自分という人間は死という、どうしようもない壁にぶつかる有限な存在。
B耳、目の欲は満足がない。この強烈な欲にしたがって人間は生きることで絶望感を感じる。
Cこの世には”これは全く新しい”というのはなく、全部機械的な反覆だけである。

しかし、空しさは、人間を神に導く大事なことである。徹底的な空しさを感じていない人は、人生の真の価値を探しにくい。空しさを感じるから人間はもっと正しい人生、もっと神に近づくようになる。

2.空しさをもたらす代表的な生き方
1)人間には肉の欲だけではなく霊の欲もある
ローマ8:5肉に従う者は肉的なことをもっぱら考えますが、御霊に従う者は御霊に属することをひたすら考えます。6肉の思いは死であり、御霊による思いは、いのちと平安です。

伝道者の書3:11神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠への思いを与えられた。しかし、人は、神が行なわれるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。

人間を一番空しくしてしまうのが、欲のために生きる生き方である。人間の欲は体とつながっている。しかし、人間は体だけではなく内面の奥底には霊がある。この霊は、神を考えさせ、死を考えさせ、永遠を考えさせ、死後を考えさせ、価値ある人生を考えさせるものであり、神とのやり取りをする領域である。

●川水の流れは表面(人間の肉の欲)によってではなく、水面下の深いところ(霊)によって強く影響される。(人間は肉だけではなく霊もあるので霊を無視した人生は満たされない。川は表面ではなく深いところの流れがどうなっているかがもっと大事である)

例)パスカル
”人間の心の中には神によってしか満たすことのできない空洞がある”と話した。

2)肉の欲は満たされるのではなく消されるものに過ぎない(伝道者の書1:8)
伝道者の書1:8すべての事はものうい。人は語ることさえできない。目は見て飽きることもなく、耳は聞いて満ち足りることもない。

人間は肉の欲を満たすものではなく消していくのである。食欲、性欲、睡眠欲といった体の欲はある程度は必須的なものであるが、これだけのために生きるのは空しさをもたらす。欲というのは、満たされるのではなく消すことであり、消えるものである。欲が現れては消し、現れては消しの繰り返しである。つまり疲れるしかない。例)野崎さんの例。

したがって欲消しのための人生は、空しい。進歩がない。凡人は、欲消し中心なので忙しい。多くの欲が発現する度にそれを消すために働くので大変である。限がない。もちろん、欲が全部悪いわけではなく必要であるが、それだけでは充分でも完全でも美しくもない。人間は欲消しを超えないと、つまらない。

欲は一回満足すればそのまま残るものではなくいつもゼロにリセットされるから満たすとはいえない。満たされるとは、積もり残るものであるが、欲は積もらない。多くの欲消しの繰り返しは、疲れ、空しさをもたらし、新しく空しくない何かを考えさせる。消すことは満足に繋がらないし解決にならない。火がついたら消すことでは満足できるはずがない。結論的に肉とその欲中心に生きることでは、真の満足、高い価値を得ることができない。

3.空しい人生から満たされた人生へ

したがって、私たちは欲消しのマイナス人生ではなく、人生を満たす、価値をもたらす生き方を考えるべきである。つまり、永遠の霊を求め、神と共に生きる人生を求めていく必要がある。

日の下で生きる人生には、苦労と空しさがついてくるのである。肉の欲を消すために生きるのではなく永遠の価値を満たしていく、そういう人生を生きるべきである。そのためには、私たちは肉の欲だけではなく、むしろ目に見えない永遠なる、価値あるもののために生きるべきである。それは、神に出会うことから少しずつ得られるようになる。この世のこと、肉のことだけのために生きるのではなく、永遠なることのために働くことである。

つまり、私たちは日の上の神に出会うことが必要である。
ヨハネ6:27 なくなる食物のためではなく、いつまでも保ち、永遠のいのちに至る食物のために働きなさい。それこそ、人の子があなたがたに与えるものです。この人の子を父すなわち神が認証されたからです。」

伝道者の書3:14私は知った。神のなさることはみな永遠に変わらないことを。それに何かをつけ加えることも、それから何かを取り去ることもできない。神がこのことをされたのだ。人は神を恐れなければならない。

4.実践
1)あなたは空しさを感じますか。そtれはどういう時ですか。

2)その解決のためにあなたがとるべき生き方は何だと思いますか。

5.祈り
天の父なる神様! きょうは欲の最高を極めたソロモンの人生からの教訓を得ました。それほどの快楽を享受したソロモンさえも強い空しさを感じていたのであれば、私たちも決して神なきただの肉の欲だけを追求するだけでは決して幸せで満足した人生を生きることができないという教訓を得ました。これからはもっと欲消しにもがくマイナスの生き方ではなく永遠を考えながら神と共に生きる人生へと変化していくことができますように。イエス様のみ名によって祈ります。アーメン

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
肉の欲けしのためではなく人生を満たすため生きる JOY CHURCH(ジョイ教会)in福岡/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる