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zoom RSS 同じ人間、違う人生(伝道者の書3:1-17)

<<   作成日時 : 2018/07/01 12:42   >>

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1.(1, 11a節) 何事にも時があり、すべては時にかなって美しい  >> このような考えは神を信じないとできない。

3:1 天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある。
3:11 神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠への思いを与えられた。しかし、人は、神が行なわれるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。


1)信仰がなければ


•9節で死ぬほど働いても意味があるのかないのか分からない。疲れるし、虚無感、鬱になりやすい

3:9働く者は労苦して何の益を得よう。


偶然と無秩序の世、私の人生は孤独で意味がないという考えで生きるのが普通。こんな人生は嫌だ。こういう自分をだめだ。それで時には犯罪、時には自分をだめにする生き方になる。


2)信仰があれば
•12節、だからよろこんで善(神を考え生きる)を行うことができる。人生は喜び楽しく生きる。感謝を持って生きる。肯定して生きる。不平不満で人生を消耗しない。

3:12 私は知った。人は生きている間に喜び(楽しむ)ほか何も良いことがないのを。
3:13 また、人がみな、食べたり飲んだりし、すべての労苦の中にしあわせを見いだすこともまた神の(賜物)であることを。


•しかし2−8節の間には28種類の時をあげている。つまり人間の生き方において起こるすべてのことを話す。

•創世記1:31に出てくる世の万物を作るときに神様は造ったすべてをよしとされた。
創世記1:31 そのようにして神はお造りになったすべてのものをご覧になった。見よ。それは非常に(よかった)。こうして夕があり、朝があった。第六日。


•このすべてを企画し造り出し、すべての動きや成り行きを導く創造主の神につながると、意味ある生き方へ人生の風車が回り始める。

ローマ8:28 神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて(益)としてくださることを、私たちは知っています


2.(11節b)人間は神のなさること(自分の周りのことがどうなっていくのか)わからない >> しかし、神は人間に永遠(神、絶対者)を思い、探し求める心を与えられた。


3:11神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に(永遠)への思いを与えられた。しかし、人は、神が行なわれるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない

1)信仰がなければ
不安に生きるしかない。
どうしていいかわからないからである。死ぬほど自分で自分を守り、頑張るしかない。しかしその結果は全く分からない。死後はもっと不安であり、人生は不安だらけで病気や死を考え、生きる気力がなくなる。

2)信仰があれば
神から与えられた今を大事に、その仕事を大事に感謝して生きる。
たしかに人間は自分の周りに起こることが分からない。しかしながらそれらを動かす神に頼ることで確信を持って生きることができる

3.(14節)私の力では神の計画やなさることを変えることができない >> 永遠である神を恐れて生きるべき。

3:14 私は知った。神のなさることはみな永遠に変わらないことを。それに何かを(つけ加える)ことも、それから何かを(取り去る)こともできない。神がこのことをされたのだ。人は神を(恐れ)なければならない。

1)信仰がなければ
自分の力でなんでも変えていくしかない。孤独で寂しい。
できるとしても骨を折らなければないが、その結果はわからない。無謀なな人生を生きる。死や死後は何もないと思うのでどうでもよい。神に敵対して生きることを何とも思わない。神に従わない道を簡単に歩む。この世しかないと思うので死や死後を準備する余裕がない。神を考えて生きることはない。

2)信仰があれば
神の恐れ生きるとは自分の人生で神を排除することがない。神を大事にして生きるようになる。
自分の力ではできないが、信仰と祈りをもって神が道を導き、変えていくことを願い、ゆだねることができる
。神と共に生きる喜びを得る。

4.(16, 17節)悪も善も行うことができるが、しかし必ず裁きがある >>  さばかれる人生であることを考え、今を生きる。

3:16 さらに私は日の下で、さばきの場に不正があり、正義の場に不正があるのを見た。
3:17 私は心の中で言った。「神は正しい人も悪者も(さばく)。そこでは、すべての営みと、すべてのわざには、時があるからだ。」


この世には、悪があふれている。不平不満で何でといいたいことが多い。特に罪や悪、悪人や罪びとが善や善人に勝つことを見ると、悲しくなる。無気力感を感じる。しかし、この世ではそうなるかもしれないが、神様は死後裁かれると明確にしている。

1)信仰がなければ

勝手に人生を生き、悪をも都合によって平気で行なう。
死や死後はないのでどうでもよい。自分の人生に死や死後に対し無責任になる。

2)信仰があれば
今だけではなく視や死後を備えた生き方になる。
したがって、人生を決して勝手には生きていかない。神の喜ぶことを考えて生きる。

•死後の罪のさばきから私たちを救うために来られたイエス様を受け入れ、救いの喜びと確信をもってこの世を生きることができる。

•聖書は死後に罪や悪に対するさばきがあると言う。
ヘブル9:27 そして、人間には、一度(死ぬ)ことと死後に(さばき)を受けることが定まっているように

•しかし、神様はこの罪やさばきから逃れる、救われる導を人間に備えてくださった。

エペソ1:7 私たちは、この御子のうちにあって、御子の(血)による贖い、すなわち(罪)の(赦し)を受けているのです。これは神の豊かな恵みによることです。



5.ハブルタと実践

1)あなたの感じたことは

2)神を認め、信じることがいかに人生にいろんな影響を及ぼすのか、話してみよう。


6.祈り
天の父なる神様、きょうは神を信じる人生と信じない人生の違いがどうであるかを学ぶことができました。わたしたちは信じるしかないにもかかわらず、さまざまな理由で神を認めず、その方による祝福からも離れ、厳しい人生を生きている人が多いのです。どうか、私たちが神と一致して生きることを通して与えられた人生を豊かに生きることができるように導いてください。イエス様のみ名によって祈ります。アーメン







































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