特別な刑罰に置かれる人々とは 특별한 형벌이 정해져 있는 사람들

特に、汚れた情欲におぼれ肉にしたがって歩み、また、権威ある者を軽んじる人々を罰して、さばきの日まで閉じ込めておくべきことを、よくご存じなのである。こういう人々は、大胆不敵なわがまま者であって、栄光ある者たちをそしってはばかるところがない。 ペテロの第二の手紙 2:10 一般に不信仰や罪は、さばきを受け、罰せられるのである。しかし、彼らは途中救いに変わる可能性があるのも事実である。しかし、中ではそういう可能性が全くない人達がいる。ここでは、そのような人々に対し、[と特に]と書いている。厳しい罰が確実で、さばきが確定したかのように、変わる可能性のない人々のことである。もちろん、神様が彼らを救いから除外されたわけではないけれども、本人たちによって、その救いにあずかることができない人達である。 このような人達の特徴は、以下の3つの条件が重なる人達である。 まず、その人達の特徴は、汚い体の情慾だけのために生きることに最高の価値をおく人である。次は、この世とあの世を主管する神のことを無視して生きる人達である。3番目は、大胆かつ頑なな人で、神のさばきの話や死後の地獄や刑罰の話を聞いても、少しも童謡しないで、神を侮辱する人達である。もし神を恐れる人であれば、または死後について恐れを持っているならば、いくらでも変わる可能性があるのに。 言い換えれば、この3つの要素を重ね持っている人は、救いにあずかる可能性がないとも言える。このような人は、ある意味恐ろしい人達である。ここまでになってしまった…

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尊い信仰って! 어째서 보배로운 믿음인가!

尊い信仰って! イエス・キリストの僕また使徒であるシメオン・ペテロから、わたしたちの神と救主イエス・キリストとの義によって、わたしたちと同じ尊い信仰を授かった人々へ。 ペテロの第二の手紙 1:1 ここには、ペテロは、神とキリストによって尊い信仰をあずかるようになったと表現している。なぜこの信仰がそれほど尊いのか、考えてみよう。 まずは、神の愛とキリストの最高の厳しい十字架の犠牲によって可能になったからである。この世で払える犠牲や代価の中では、一番最大だからでしょう。次は、この信仰によって後に私達が得るようになる救いと永遠のいのち、天国の素晴らしさと尊さが、どれほどか計り知れないからである。最後に自分が救われたのも自分の力ではなく、ある意味、奇跡であり、恵みだならです。 こんな信仰をもう一度見直し、感謝を持って大事にしていきましょう。 어째서 보배로운 믿음인가! 예수 그리스도의 종이 요 사도 인 시므온 베드로에서 우리 하나님과 구주 예수 그리스도의 의로 우리와 같은 귀한 믿음을 주신 사람들에게.베드로 후서 1 : 1 여기에서 베드로는 하나님과 그리스도에 의해 귀한 보배로운 믿음을 가지게 되었다고 표현하고있다. 왜 이 믿음이 그렇게 귀한 것인지 생각해 보자. 첫째는 하나님의 사랑과 그리스도의 최고의 십자가의 희생으로 가능하게 되었기 때문이다. 세상에서 지불 할 수 있는 희생과 대가 중에서는 가…

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三位の神の助けによって平安を保ちなさい(ヨハネ14:1,16,18,16:7,20,33)

関連youtube:https://youtu.be/7ePuT2dXXwM 14:1あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。 14:16 わたしは父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるためにです。 14:18わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません。わたしは、あなたがたのところに戻って来るのです。 16:7しかし、わたしは真実を言います。わたしが去って行くことは、あなたがたにとって益なのです。それは、もしわたしが去って行かなければ、助け主があなたがたのところに来ないからです。しかし、もし行けば、わたしは助け主をあなたがたのところに遣わします。 16:20まことに、まことに、あなたがたに告げます。あなたがたは泣き、嘆き悲しむが、世は喜ぶのです。あなたがたは悲しむが、しかし、あなたがたの悲しみは喜びに変わります。 16:33わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、あなたがたがわたしにあって平安を持つためです。あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。」 今コロナウィルスのことで全世界が騒いでいます。まさに今は、信仰が試される時期です。 こういうときになると、みんな騒がしてしまいます。 心配が多くなります。 ●災難の時にはいつも人間は考えるようになります。いくつかの試練が私たちに…

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今は、身を慎み、心を整え、祈りに励む時 지금은 몸을 거룩하게 하고 마음을 모아 기도에 힘쓸 때

4:7 万物の終わりが近づきました。ですから、祈りのために、心を整え身を慎みなさい。 聖書はこの世の終わりがあることを、既定事実として多く書かれている。特にこういう時代だからこそ、もっとこの言葉が響いてくるのではないかと思われる。 普通の人はなかなかそれを受け入れがたい話ですが、しかしそれは聖書の一貫した警告であり、真実である。とくに今のような時代になると、そういうのを強く感じるようになる。創世記のノア時代にも大洪水による滅びの警告を受け入れた人はノアしかなく、結局洪水による審判は来てしまった。家族7人は救われましたが、彼らも自ら信じたというより、ノアの指示に従っていただけの話だったかもしれない。とりあえず、自ら信じても、それを進められて従ってもよいのではないかと思う。 もちろん、そういう時がいつになるかはわからない。でも、この世の終わりがあるということをしっかり認識したうえで、生きていくべきである。この聖句には、そういう時には祈りのために、”心を整え身を慎みなさい”と話している。つまり、こういう時には静かに祈りに時間をささげ、神様に近づくときである。同時に、同じⅠペテロ4:3の聖句を覚えるべきである。 4:3 あなたがたは、異邦人たちがしたいと思っていることを行ない、好色、情欲、酔酒、遊興、宴会騒ぎ、忌むべき偶像礼拝などにふけったものですが、それは過ぎ去った時で、もう十分です。 上記の聖句には、避けるべきこととして、6つのことが記されている。これを圧縮すると、この世…

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[私は今、神の存在を感じます] 나는 이제 하나님의 임재하심을 믿습니다

ユリアンウルバン(Lulian Urban)38歳  イタリアのロンバルディア州の医師 多くの暗い悪夢のような 瞬間を過ぎてきたが、過去 3週間この病院で発生し 、私が直接見て 体験したことは想像も したことがありません。 その悪夢は、現在、進行していて 、またさらに巨大な方向に流れています。 最初は何人かの人が病院に 運ばれてきて、次は何十人 そして後になっては何百人が集まってきました。 今、私たちにはもう医師が いません。 私たちは、 ただ「誰が生存でき、誰が死を 迎えるしかない人」かを判断し、 その希望のない人を自宅に帰すような、 ラベル(標識)を 付ける人に過ぎません。 彼らは生涯イタリア政府に 税金を誠実に納付したとしても 彼らは死を準備し、迎えるように 自宅に帰すのです。 2週間前までは私と私の 同僚は無神論者でした。 これは奇妙なことではありません。 私たちは、神の臨在のようなもの は感じることも、 その神に信頼することもなく、 ただ人を治療する論理的な 学問を信じる医学者に過ぎなかったのです。 私はいつも私の両親が 教会に行くことを あざけていました。 ところが、9日前に75歳の 牧師が(ウイルス感染者) 私たちの病院に運ばれてきました。 彼はまともな人で、 呼吸困難の深刻な問題を 抱えてきましたが、病室まで 聖書を持ってきました。 彼は周囲の死んでいく…

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天国行きのチケットを持った旅人の心構え 천국행 비행기 티켓을 가진자의 삶의 태도

天国行きのチケットを持った旅人の生き方 Ⅰペテロ2:11 愛する者たちよ。あなたがたにお勧めします。旅人であり寄留者であるあなたがたは、たましいに戦いをいどむ肉の欲を遠ざけなさい。 人間はいつも自分の情欲と戦いをして生きていく。欲のままに生きていくように自分を自由にさせたい気持ちと、それを抑制しようとする心の二つがいつも戦っている。そこで、自分の今の状態や身分を忘れてしまうと、この戦いで失敗しがちである。聖書は、私たち人間は旅人であると、人間の身分を明確にしている。この世で生き続けることはできず、短い時間だけ旅が許されたのである。この身分を忘れると、身分に合わない生き方、つまり情欲に自分を任せて生きるようになり、それで本来すべきことが全然できなくなる。 旅人や飛行機の旅客がいつも気にすることは、荷物のことである。荷物が多くなると、荷物を捨てなければならないし、最悪は飛行機に乗れないこともあある。旅人は荷物が増えると、正常な旅ができなくなるので荷物を気にするしかない。私たちクリスチャンは天国行きのチケットをもって、いつ神様が来いと言われても、乗れる状態を保つ必要がある。この世の情欲に任せて買い物ばかりで、そのため正常な信仰者としてすべきことができないならば、それは悲しく恥ずかしい人生となるかもしれない。最悪は、その飛行機に乗れない事態である。いつも情欲による荷物を気にしながらきょうを生きる信仰者となることを、私から祈りたい。 천국행 비행기 티켓을 가진자의 삶의 태도 …

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コロナウィルスからの教訓 코로나 바이러스로부터의 교훈

今度のコロナウィルスの怖さは、ワクチンや治療剤もないということである。それで、今としては接触を避けることが最高だとしている。しかし、それは同時に孤立をもたらし、多くの大事なことができなくなっている。しかし、こういう関係孤立を通して、多くの人は人間本来の姿に戻り、我に帰るようになり、人間存在のことを考えるようになる。そして、人との関係の重要性、愛の必要性を強く感じる。病そのものより関係破壊がもっと苦しいということかもしれない。でもこういう時こそもっと大事なのは愛である。体の接触は少なくても、愛をもってつながることである。もちろん、生きているだけではなく死後までにつながる神様の愛こそ最高の力である。こういう愛こそは恐れを締め出すとなっているからである。 Ⅰヨハネ4:18 愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します。なぜなら恐れには刑罰が伴っているからです。恐れる者の愛は、全きものとなっていないのです。 ところが、ウィルスよりもっと怖いのは罪や死である。そこには人間自らのワクチンも治療剤もない。それで、神は十字架のイエスの死をもって償い、その愛によって私たちが赦され、救われた。そしてその方の復活によって私たちは死という絶望から救いの道が開かれたのである。人間の不治の病からのワクチンであり完全な治療剤となってくださった神の愛をもう一度考えるひと時である。 ヘブル2:15 一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人々を解放してくださるためでした。 코로나 바이러스로부터…

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