祈りの手を下ろしてはならない(出エジフト17:8-16)

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•イスラエル民族は、エジフトから出て41日目に本格的な荒野が始まる場所まできた。そこは、レピデムと言うところだった。そこでイスラエルは二つの厳しい試練にぶつかった。

1つは、水がないことだった。それで民が指導者を恨み叫ぶと、神様から岩を叩くように言われ、そして水が出て問題が解決した。

もう一つは、今度はその地域に遊牧民として生活していたアマレクが攻めてきたことである。皆がとても疲れて死にそうで、内部的には指導者に対する恨みや不平不満によって動揺している時を狙って、アマレクは攻めてきた。最初の戦争であった。多分イスラエルは戦争できる状態ではなかった。(申命記25:17-18 アマレクは一番ずるい方法で奇襲攻撃をしてきた。これはまるでクリスチャンに対するサタンや悪魔の攻撃に似ている。Ⅰペテロ5:8)

17あなたがたがエジプトから出て、その道中で、アマレクがあなたにした事を忘れないこと。
18彼は、神を恐れることなく、道であなたを襲い、あなたが疲れて弱っているときに、あなたのうしろの落後者をみな、切り倒したのである。(申命記25:17-18)


身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたけるししのように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています(1ペテロ5:8)

•アマレクは、エサウの子孫であり、このエサウは信仰よりも自分の力やこの世のことをもっと大事にして生きた人たちの特徴である。のちのサウル王にアマレクを滅ぼしなさいと言われたが、サウル王はそれに従わずに残しておいた。それで、サウル王は降ろされた。そしてこのアマレクはずっとのちにイスラエルを苦しめ続けた。例えばバビロン捕虜の時期、ハマンというアマレクの人がイスラエルを抹殺しようとしたが、それがエステルやモルデカイによって逆に彼らが殺されるようになる事件が起こる。自分の中の悪さといい加減に妥協してはならない。適当に生かしておき、完全に解決しないと、いつかそれが原因となって再び自分を苦しめるようになる。

<教 訓>
1. 人生にはレピデムのような厳しい時が来る
。(病、死、離別、試練、サタンの攻撃等々)
水がなく苦しむ。アマレクのような攻撃。苦しんでいるのに、悪魔のような攻撃まである。
悪魔は私たちを攻撃してくる。戦わなければならないときがくる。

2.祈りこそ難関を打破できる最高の方法(霊的な祈りを伴った戦いをする)

<すべての戦争や戦い、難関は霊的な戦いであり、それは祈りによって解決>
  ●祈りの部隊:モーセ、アロン、ホルの三人の祈祷チーム

●戦争部隊:ヨシュアの率いる兵の戦争

4私たちの戦いの武器は、肉の物ではなく、神の御前で、要塞をも破るほどに力のあるものです。5私たちは、さまざまの思弁と、神の知識に逆らって立つあらゆる高ぶりを打ち砕き、すべてのはかりごとをとりこにしてキリストに服従させ(Ⅱコリント10:4-5)

1)一番重要な指導者が山の天辺で祈る
すべての状況を互いに見れるようにする。現実感のある祈り。

2)杖を持った手をあげて祈る
祈りの姿は人に勇気を与える。祈る母の姿は子供に安心を与える。また手をあげるというのは、自分に対しては降伏。自分では何もできないということをあらわす。完全にあなたにゆだねますというしるし。

普通、手をあげるというのは、暴行することだが、私たちは手をあげ祈ることが大事である。疲れる。労働以上かも。だから真剣には祈らない。祈りにはエネルギーも、時間もかかる。
祈りの母の姿は子供に最高の安心を与える。一番心に残る姿である。きよい神様への方向転換を促す強力な力である。したがって、家でも祈る姿を見せること。時間になったら祈りの部屋に入って静かに祈る姿を子供が見ると、一生その姿が心に残るだろう。祈りの手は、きよい神への心、平和、安心を与える。

ですから、私は願うのです。男は、怒ったり言い争ったりすることなく、どこででもきよい手を上げて祈るようにしなさい(1 テモテ2:8)

3)チーム祈りの大切さ
祈りも、交わりも、働きも、一人ではできない。共にすること。互いに励まし合うことである。家庭でも教会でもぜひ、こういう祈りの環境を整えましょう。教会でももう少し祈り、特に共に祈ることを考えてみたい。最近はSNS、ラインを通してもできるので一緒に集まらなくてもできる。

18まことに、あなたがたに告げます。何でもあなたがたが地上でつなぐなら、それは天においてもつながれており、あなたがたが地上で解くなら、それは天においても解かれているのです。
19まことに、あなたがたにもう一度、告げます。もし、あなたがたのうちふたりが、どんな事でも、地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父は、それをかなえてくださいます(マタイ18:18-19)

3.適用
1)今年の後半、祈りで個人の難関、教会の使命や必要を変える。レピデムが祝福の地となるようにする。

2)教会でももっと祈りに力を入れたい。モーセの祈りのチーム、またSNSを用いた祈りの方法を模索する。


4.祈り
全知全能の神様、きょうは祈り、なかでもチーム祈りの大切さを学びました。今私たちに必要なのは祈る手であります。そしてそこにはきっと奇跡的な主の恵みがあることを知っています。しかし様々な理由で祈りをおろそかにしていたことを悔い改めます。個人が、家庭が、教会が生きるために、まずは祈りを回復することです。しかしそこには難関もありますが、どんな代価を払ってでも祈りを回復する必要があります。またそのためにまず心を決めます。どうか、主が共にしてください。イエス様のみ名によって祈ります。アーメン

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