過去が未来を支配してはならない!과거가 미래를 지배해서는 안된다!

長い間の過去の敗北に縛られると、人は未来への希望が持てなくなる。きょうの聖句で、神様は以前の敗北だけを思ってはならないと話す。思い出すならば、以前神がイスラエル民族をエジプトから連れ出す時のことを考えてほしいと話す。海を分けてイスラエルを陸地のように連れ出した奇跡である。私という存在は失敗だらけであっても、神様はこの世になかった新しい、想像以上のことをなさる、なさった方である。その神は、あなたにも同じ方であり、またあなたにも似たようなことをなさることができる方である。私の過去の失敗による不信仰に縛られ、今年も敗北で迎えるのではなく、過去も未来も同じで、誰にも同じことをなすことができ、何でもなすことができる神様を覚え、来年を希望と信仰を持って迎えよう。私を見つめれば失望と失敗ばかりの落胆に陥るが、神様を見るとそこには信仰と希望と勇気が見えてくる。 오랜 과거의 패배에 지배당하면, 사람은 미래에 대한 희망을 가질 수 없게된다.  오늘 하나님은 이전의 패배만을 생각해서는 안된다고 말한다.  그보다는 이전에 하나님이 이스라엘을 이집트에서 데리고 나왔을 때를 생각하라고  말씀하신다.  바다물를 나누어 이스라엘을 육지처럼 데리고 나갔기 때문이다.  나는 실수와 실패투성이라도 하나님은 세상에 없었던 새로운 상상 이상의 것을 하시는 분이다.  그 하나님은 당신에게도 동일한 분이시며, 또한 당신…

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一年の振り返り(信仰の充電と放電)ローマ12章1-3

ローマ12:1そういうわけですから、兄弟たち。私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。2この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。3私は、自分に与えられた恵みによって、あなたがたひとりひとりに言います。だれでも、思うべき限度を越えて思い上がってはいけません。いや、むしろ、神がおのおのに分け与えてくださった信仰の量りに応じて、慎み深い考え方をしなさい。 去年の一年は皆さんにとってはどんな一年だったと思いますか。去年も皆さん、種は撒きましたか。実の収穫はどのくらいだったのか。祈って与えられたことはどのくらいですか。 人にとっては嬉しそうな一年だったかもしれないし、人によっては今年は最悪だったという人もいるかもしれない。罪や悪に触れて、神様に申し訳ないという記憶しかない人もいるかもしれない。ある人は、この一年の間に多くの成長を重ね、よい神様のクリスチャン、働き手として認められた人もいるかもしれない。 感謝も後悔も、また悔しさもあるかもしれないが、でも一年のことを通して私たちはいろんなことを学んだはずである。祝福を通して学ぶより、失敗や苦しみを通して学ぶほうが多い。大事なことはすべてが私たちの成長の材料となることができ…

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クリスマスの喜び

きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。(ルカ2:11)  人々はクリスマスを楽しい日だと思う。たまに聖書がわかる人は、キリストの誕生と言う。もっと聖書が分かる人は、クリスマスは神が人間となった日と話す。それは人間を神に導くための唯一の方法とも理解する。つまり、神が人間となることで人間が神に行くことができるからである。人間が神に行くという救いは最高の祝福であるが、神が人間となるのは苦痛の極みである。  人々はクリスマスはプレゼントをもらう日だと思う。それは正しい。しかし、イエスは見えるものではなく、目に見えない永遠のプレゼントを与えるために人間となった。それは死んでもなお生きることのできる永遠のいのちである。ものより体の命、さらに永遠のいのちこそ究極のプレゼントだからである。人々はクリスマスはわたしと関係ないと思う。しかし、聖書はクリスマスは、すべての人間のための出来事と書く。一人でも滅びることは神の喜びではないからである。ある人は、クリスマスのことを通して、キリストを迎え入れ、永遠のいのちという真のプレゼントを受け取る。そして最高の喜びと幸せの救いを手にして人生を毎日クリスマスのように生きる。 🔵クリスマス賛美とキャロルhttps://www.youtube.com/watch?v=mf7tHMvQ8lI 🔵クリスマスメッセージhttps://www.youtube.com/watch?v=kMCohIsVfnQ

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最初のクリスマスの姿!

博士達は星の案内を受け、遠い道を通ってやっとイエス様のいる場所へたどり着いた。最初のクリスマスのお祝いは、ヘロテ王のキリストを殺そうとする脅威の中で敢行された信仰の行動であった。また、彼らはイエス様のところに着き、数々のよいものを捧げ、ひれ伏し拝むことで終わった。これが真のクリスマスの精神である。 첫 번째 크리스마스의 모습!  박사들은 별의 안내를 받아 먼 길을 통해 겨우 예수님아 개ㅔ시는  곳에 도착했다.  첫 번째 크리스마스 축제는 헤로테 왕의 그리스도를 죽이려는 위협 속에서 감행 된 믿음의 행동이었다.  또한 그들은 예수님이 계신 곳에 도착하여 수많은 좋은 예물들을 바치고 엎드려 경배하는 것으로 끝났다.  이것이 진정한 크리스마스의 정신이다.

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われらと共にするために人間として来られたたインマヌエルのイエス様! 임마누엘의 예수남!

本来神であるイエス様は、人間とともにするために、わざと人間の形をとって世に生まれた。そうして最後はわれらの罪を背負って十字架で死ぬことでわれらを救うために世に現れた。このため、神から人間に転落したイエスは、一生不自由に制限され、苦しみの人生を送られたのである。その恵みに感謝するクリスマスであってほしい! 우리와 함께하기 위해 인간으로 오신 임마누엘의 예수님!  본래 하나님 이신 예수님은 인간과 함께하기 위해 일부러 인간의 모양으로 이 세상에 태어나섰다.  그리고 마지막에는 우리의 죄를 짊어지고 십자가에서 죽으심으로 우리를 좌에서 구원하기 위하여 이 세상에 태어나셨다. 하나님으로부터 인간으로의 전락한 예수님은 평생 부자유에 제한되어 고통의 인생을 보내신 것이다.  그 은혜에 감사하는 크리스마스가 되기를 기도한다. 

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信仰の成分とは(믿음의 성분)

信仰はみことばなしには生まれない。つまり、信仰の中身を分析すると、結局みことばであり、そのみことばから出る美味しいエキスによって心は潤い、信仰が形成される。 信仰という綱は、みことばによる一つより、二つより、みつよりになるにつれて、ますます強くなる。クリスチャンのいのちは、信仰であり、その信仰は聖書のみことはからくる。何らかの形でみことばが心に蒔かれない限り、信仰は成長しない。信仰は時間の問題ではなく、みことばの種が我が心に蒔かれ、生長しているかどうかにかかっている。きょうも何とかみことばに触れ、それが信仰の種として生長できることを祈りたい。 믿음의 성분  믿음은 하나님의 맔슴없이는 생기지 않는다.  믿음의 내용을 분석하면 결국 말씀이고, 그 말씀에서 나오는 맛있는 엑기스 의해 믿음이 형성된다.  신앙의 밧줄은 말씀 한가닥 또는 두가닥 혹은 세가닥이 엮어져서 점점 강해진다.  그리스도인의 생명은 믿음이고 그 믿음은 성경 만은에서 온다.  어떻게 든 말씀이 마음에 뿌려지지 않으면 믿음은 성장하지 않는다.  믿음은 시간 문제가 아니라 말씀의 씨앗이 내 마음에 뿌려져 성장하고 있는지 여부에 달려있다.  오늘도 어떻게 든 말씀에 접하고 그것이 믿음의 씨앗으로 자라갈  수 있기를 기도한다.

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多くの人の救いへのつまずきの石や遮断壁とは! 많은 사람들의 구원의 걸림돌과 차단벽!

なぜ多くの人が救われることができないのか。そのつまずきになるのが何なのか。きょうの聖句には、行ないによって救われようとすること自体が1番大きなつまずきの原因であると話している。 今もほとんどの人はよい行ないによって救われるだろうと思いこんでいる。そう思いこんでいる人さえ、行ないに励むこともしなく、またできるという自信もないのが明らかである。当然その思いに支配される限り、いつまで行っても救いには至れない。つまり、こういう思いは、救いへのつまずきの石や遮断壁となり、人々が救いに入ることができないようにしてしまうのである。 구원의 걸림돌과 차단벽 !  왜 많은 사람들이 구원받을 수없는 것인가.  그 걸림돌이되는 것이 무엇인가.  오늘 멀씀은 행위로 구원하려고하는 것 자체가 가장 큰 걸림돌이라고 말한다.  지금도 대부분의 사람들은 선한 행위로 구원받게 될 것이라고 생각한다.  그렇게 굳게 믿고 있는 사람조차도 행함에 힘쓰고 있지도 않을 뿐더러 , 또 행함으로 구원받을 수 있다는 자신감도 없슴이 분명하다.  이런 허무한 생각에 지배되는 한 언제까지 가도 구원에는 이르지 못한다.  즉, 이런 사고는 구원의 걸림돌이자 차단벽이되어 사람들의 구원을 가로막고 있다.

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蒔くことからあなたの信仰は働き始める(ガラテヤ6:7-8, ローマ8:4-8)

ガラテヤ6:7思い違いをしてはいけません。神は侮られるような方ではありません。人は種を蒔けば、その刈り取りもすることになります。8自分の肉のために蒔く者は、肉から滅びを刈り取り、御霊のために蒔く者は、御霊から永遠のいのちを刈り取るのです。 ローマ8:4それは、肉に従って歩まず、御霊に従って歩む私たちの中に、律法の要求が全うされるためなのです。 5肉に従う者は肉的なことをもっぱら考えますが、御霊に従う者は御霊に属することをひたすら考えます。 6肉の思いは死であり、御霊による思いは、いのちと平安です。 7というのは、肉の思いは神に対して反抗するものだからです。それは神の律法に服従しません。いや、服従できないのです。 8肉にある者は神を喜ばせることができません。 ●人間の生き方と種まき・四季 皆さんは今どのような種を蒔いてきましたか。そしてその結果どのような木が成長し、そこからどのような実を結び、刈り取りましたか。誰もが何らかの種を蒔き、その実を食べているはずである。ある人は、他人が一生懸命に種を蒔くときに、まったく種を蒔けず苦しみの無果実で苦しむ人もいるかもしれない。とにかく私たちは自分が蒔いた種を食べて生きる存在である。 このように人間にとって種を撒き刈り取ることは終わりなく続く。それは人間の生き方の普遍的な原理である。この原理は人間の生き方だけではなく、神様の霊的な面においてもそのまま適用される原理である。 一般に、春に種まき、夏に成長、秋に刈り取る、冬に休んでそ…

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最高かつ最強の愛に繋がっているあなたは幸せな人!(韓国語続く)

この世には強いもの、怖くて恐ろしいものも多くあります。しかし、それらはしばらくの間存続し、やがてはなくなります。しかし、神様の愛は永遠になくならない、最強のものです。ここには[力]ではなく[愛]から引き離すことができないと書かれています。力は人格がないが、愛は人格であり、最高の関係を意味します。そんな関係に繋がっているあなたは最高に幸せな人です。きょうもそんな愛に感謝して過ごしましょう。 세상에는 강한 것, 무서운 것도 많이 있습니다.  그러나 그것들은 잠시 동안 존속하고 결국은 없어집니다.  그러나 하나님의 사랑은 영원히 없어지지 않는 강한 것입니다.  여기서는 [힘] 대신 [사랑]에서 끊을 수 없다고 적혀 있습니다.  힘은 인격이 아니지만, 사랑은 인격이며, 최고의 관계를 의미합니다.  그런 관계로 연결되어있는 당신은 가장 행복한 사람입니다. 오늘도 그 사랑에 감사하며 삽시다.  

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自分を罪に定めてはならない(良心の呵責より神に感謝を)! 자신을 정죄하지말라

多くのクリスチャン、ノンクリスチャンを問わず過去の罪による呵責やその裁きの刑罰に対する恐怖に苦しむ人が多い。過去の罪こそどうしようもなく手を打つ方法がない。だからこそ絶望感を感じる。しかしきょう聖書は断言する。キリスト・イエスの中に入っている人は、決して過去の罪によって責められたり、罪に定められ苦しんだりすることはない。あなたに代わってキリストがあなたのすべての罪による侮辱や刑罰を受け、あなたを「罪による罰の律法」から完全に開放したからである。あなたはむしろ、神様の愛やキリストの十字架のことに感謝をささげ、その方のために生きる新しい心で満たされればよい。 많은 기독교인, 비 기독교인을 막론하고 과거의 죄의 가책이나 그 심판의 형벌에 대한 두려움에 시달리는 사람이 많다. 과거의 죄야말로 어쩔 수없이 해결의 방법도 없으니 더더욱 절망을 느낀다. 그러나 오늘 성경은 단언한다. 그리스도 예수 안에있는 사람은 결코 과거의 죄로 말미암아 책망하거나 정죄하믕로 고통받아서는 안된다고 선언한다. 당신을 대신하여 그리스도 께서 당신의 모든 죄의 모욕과 형벌을 받아 당신을 "죄의 형벌의 법"에서 완전히 해방했기 때문이다. 당신은 오히려 하나님의 사랑과 그리스도의 십자가에 감사를 드리고 그분을 위해 사는 새로운 마음으로 충만하면 된다.

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人間の限界と弱さ!

人間は強いと思う反面、実は非常に弱いというか、人間という存在としての限界を持っている。例えは、人間は何をすべきで、何をしてはならないという判断力は持っているが、しかしいざとなると、人間はすべきことはしないで、逆にやってはならないことをやってしまう存在てあることに気付く。ときには、絶対にやりたくないと決心をし、何回も近いを立ててもいざとなると、変なことをしてしまう。もがきをしても変らない。 聖書は、こういう人間の矛盾に対し明快な説明をしてくれる。それがきょうの聖句である。人間には、誰しもが抱えている罪というものがある。その罪の力は想像以上に強く、人間がまともに生きることがてまきないようにする。つまり、やるべき善なることではなく、やってはならない悪に支配されるようにする。 罪の強い力によって人間の中には、やりたいけどやれないという自己矛盾が生まれ、人間を苦しめる。その苦しみはときには深刻であり、最終的には人間を裁きに導き、永遠の滅びにまで連れて行く強力で破壊的である。 ところが、すべての人間は例外なくこういう罪を持っていると書かれている。聖書はまたこういう罪の問題だけてまはなく、その解決に対しも教えている。

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罪・悪魔・永遠の滅びの世界にとどまってはならない!

上にあげた罪・悪魔・永遠の滅びの3つは、繋がっている永遠の死と絶望をもたらす[死のセットもの]である。しかし、その反対は義・神とキリスト・永遠の天国で、永遠の希望をもたらす[いのちのセットもの]である。 人々は自然と死のセットのほうを好み、その力に縛られ生きていくしかない。この力はあまりにも強く自らは切ることができない。キリストの力なしには不可能である。暗闇を追い出せるのは他ではなく光である。 人の中に[いのちのセットもの]が入れば、自然と[死のセットもの]は消えていく。今日も多くの人は、この死の鎖から離れずその奴隷として生きる。しかしその結果は永遠の死である。そこから、キリストの神に仕え、永遠の救いのきよき実を結ぶようにしようではないか。

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キリスト者の幸せと喜びの理由

人間の常識の一つは、行いがあって不法や罪が赦され、さらに救いを得るということである。しかし行ないを持って考えると、すべての人は救われるところか、むしろ裁かれ罪の罰を受ける可能性が圧倒的に高いという事実に気付かない。確かに行ないについて話すと、それは救いと災いを同時に生み出す可能性があるが、実際は救いより滅びをもたらす可能性が遥かに高くそこから真の幸せや救いの確信は得ることができない。 聖書は行ないから救われようとする人は真の救いや希望も、また赦しや幸せもなく、むしろ絶望に落ちるしかないと教えている。また聖書は、不確実な私の行ないの代わりにキリストの十字架での行ないとそれを受け入れる私の信仰によって救いと罪の赦しを得ると約束している。そこから真の喜びや感謝があるというのが、今日の聖句である。これが行ないがなく得られる赦しと救いによる幸せや恵みである。

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真の平和と恐れとは?

真の神を知らないと、真の平和への誤解が生じる。つまり、戦争や喧嘩さえなければそれですべては平和だと信じる。しかし、真の平和はそれとは違う。生きているキリストの神との和解なしには、死後に押し寄せてくる裁きとその後の永遠の罰による災いから逃れる道がないということになるからである。そういう状態に置かれることは決して真の平和だといえない。真の神との和解による見えない永遠の平和を手に入れることが必要である。こういう事実を知らないのでキリストの神への恐れがなく、だから真理に目をむけるより自分が好きなまま生きるようになる。恐れはあまり良くないと思うが、恐れは大事である。予防的な恐れは真の平和をもたらすからである。反対に恐れを持たない無知はしばらくの平和感に浸かるかも知れないが、しかし結果的に永遠の取り返しのつかない真の恐ろしさに遭遇するようになる可能性が高い。真の平和と恐れを正しく知ればすべては変わる。それはあなたを真の平和に導くはずである。前もっての恐れは真の平和をもたらし、平和ボケは恐れをもたらす。

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真の平和と恐れとは?

真の神を知らないと、真の平和への誤解が生じる。つまり、戦争や喧嘩さえなければそれですべては平和だと信じる。しかし、真の平和はそれとは違う。 生きているキリストの神との和解なしには、死後に押し寄せてくる裁きとその後の永遠の罰による災いから逃れる道がないということになるからである。そういう状態に置かれることは決して真の平和だといえない。真の神との和解による見えない永遠の平和を手に入れることが必要である。 こういう事実を知らないのでキリストの神への恐れがなく、だから真理に目をむけるより自分が好きなまま生きるようになる。 恐れはあまり良くないと思うが、恐れは大事である。予防的な恐れは真の平和をもたらすからである。反対に恐れを持たない無知はしばらくの平和感に浸かるかも知れないが、しかし結果的に永遠の取り返しのつかない真の恐ろしさに遭遇するようになる可能性が高い。真の平和と恐れを正しく知ればすべては変わる。それはあなたを真の平和に導くはずである。

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異邦人の求めることと生き方(マタイ6:24-34)

●今日のお金の位置:神様同等の力や威力を持っている 間違いなくお金は生きていく上において必要なものであり、なくてはならないものである。お金さえあれば、信仰といのち以外はほとんど解決できるほどその力は大きい。したがって、多くの人はお金のために人生をささげるようになる。お金のためならいのちも考えずになんでもする人が多い。 ●お金が奴隷なのか、お金が主人となっているか? お金が主人ではなく奴隷になっているときは、一番よい働きができるが、お金が主人となるときは、お金は狂った暴君となる。 ●お金とサタンの戦略:現代社会は拝金主義というか、お金に仕える金宗教が世界や日本を圧倒している。みんな将来への不安を感じ、お金を何とかしなければならないという焦りにとらわれている。悪魔はお金さえあれば、何でもできると話す。お金が最高だと教える。そして悪魔はそこに入り込んで多くの信者を倒す。 ●神ではなくお金・仕事に仕える:お金に仕えるとは、別の意味ではお金につながる仕事に仕えるということである。仕えるとは、主従関係がはっきりしているという意味である。つまり仕事をするのではなく仕事中毒、お金中毒という形に発展することが危険である。仕事ならばお金のことならば何でも赦されるみたいな雰囲気、考え方が危険である。 ・お金に仕えた結果:信仰が破壊、健康破壊、家庭破壊、幸せが破壊。それで、こういう破壊されたのを最後は修復するために、また稼いだお金を全部使い切る。それで、得たものなく失ったことばかりの後悔で人生…

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