不信仰との融合、それとも信仰の戦い(士師記3:1-9)

Ⅰ.信仰のリトマス試験紙:残された住民たち

1 次が、主が残しておかれた異邦の民である。主がそうされたのは、カナンでの戦いを全く知らないすべてのイスラエルを試みるためであり、
2 ただ、イスラエルの次世代の者、特にまだ戦い知らない者たちに、戦い教え知らせるためであった。
3 すなわち、ペリシテ人の五人の領主たち、またすべてのカナン人、シドン人、そしてヒビ人である。ヒビ人は、バアル・ヘルモン山からレボ・ハマテにまで及ぶレバノンの山地に住んでいた。
4 これは、彼らによってイスラエルを試み、主がモーセを通して先祖たちに命じた命令に、イスラエルが聞き従うかどうかを知るためであった。


●知らないは、信仰消滅の始まり
イスラエルに信仰教育がなかったということ。定着に忙しく、信仰教育におろそかになった。教会や家庭でも同じことであり、大人はもちろん子供にも信仰教育は大事。その結果、きょうのイスラエル人のようになる。

●戦争(戦い)を教えるのが信仰教育
信仰は自然と与えられるものではない。先祖たちの戦いで得られた。荒野での戦い、エジプトでの戦いで得られた。カナンでも戦いがある。命の犠牲によって得られた。なので信仰は価値ある。私たちの信仰は実は戦いである。

Ⅱテモテ4:7 私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。

※自分との闘い、自我や高慢、欲との闘い、怠けとの闘い、悪魔との闘い。周囲の不信仰との闘い

●試みる(英語ではテスト):リトマス試験紙、信仰によって生きるかどうかを知り、問題があればすぐ周りから攻撃されることによって、自分たちの不信仰に気づく。

※人間は自分の不信仰をなかなか分からない。だから彼らは周りからの攻撃をもらって初めて、自分たちの間違いを知るようになる。hpン党は、敏感な人はすぐ不信仰や自分がどこから問題になったかがわかる。それはよいほうである。普通は、信仰から外れても気づかない。問題になって、苦しみがあってやっと気づく人が多い。

●自分の不信仰を知る方法:信仰から問題が出ると、人によっては過去に戻るか、自分の弱さが前面に出るようになる。例えば、昔のお酒、パチンコ、性的な堕落、バーに行くようになるか、自分の弱点等が浮き彫りになる。


Ⅱ.神への信仰の消滅過程:宗教や文化に巻き込まれる融合

5 イスラエル人は、カナン人、ヒッタイト人、アモリ人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人のただ中に住み、
6 彼らの娘を自分たちの妻とし、また自分たちの娘を彼らの息子に与えて、彼らの神々に仕えた
7こうしてイスラエルの子らは、主の目に悪であることを行い、彼らの神、主を忘れて、もろもろのバアルやアシェラに仕えた。


●不信仰に落ちる一番強力なパターンは、不信仰の伝統や文化の中に入り込み融合されることである。それで、人間の生活の一つになることで不信仰は定着してしまう。イスラム教のほうもその一つである。生活や文化、伝統がすべて偶像崇拝と家庭などとつながっている。日本も同じである。文化や伝統が全部偶像崇拝とつながっているので、伝道が難しい。

※イスラム教は毎日5回必ずいくら忙しくても仕事をやめ、祈りをします。忘れることができない。私たちも、一日食卓祈り3回、そして朝起きて、また夜寝る前に1回祈れば、5回となります。ただ、食卓の祈りをもう少し、丁寧にすることです。

※信仰は建てるのは大変だけど、壊すのはわりと簡単である

●信仰から離れる期間が長くなると、忘れる期間に突入、そこに誰もが介入しなくなると、信仰は消滅段階に入る。

・信仰教育不在 >> 信仰から遠くなる >> 信仰を忘れる >> 信仰消滅段階

・それで、神様は彼らの信仰消滅を防ぐために、自分たちを苦しめるカナンとの闘いを残した。それは神の愛である。

※皆さんが神から離れる時に、こういう試練や苦しみがあるのは、神様が私を信仰から離れるのを防ぐための大事な愛の守りである。

※ダビデ、デマス、マルコ、ペテロ、12弟子、マルコ達の信仰離脱や回復

Ⅱテモテ4:10 デマスは今の世を愛し、私を捨ててテサロニケに行ってしまい、また、クレスケンスはガラテヤに、テトスはダルマテヤに行ったからです。

デマスは、すごい立派な働き者で、パウロと一緒にしていたが、急に世を愛し、テサロニケに行ってしまった。お金なのか、異性なのか、理由はわからない。12弟子たちもそうであったが、イエス様が再びお会いし、彼らを励まし、回復した。ダビデは、一瞬信仰から離れ、強姦の罪を犯し、しばらくして信仰を回復したが、大きな苦しみを受けた。

マルコ福音書を書いた、マルコは一時期パウロの宣教の働きや信仰から外れたが、再び彼は信仰を回復し、マルコ福音書を書いた。
失敗したから終わりではない。私たちは再び回復できる。

Ⅲ.神の救いの最後の砦:売り渡される苦しみ 
8主の怒りがイスラエルに向かって燃え上がり、主は彼らをアラム・ナハライムの王クシャン・リシュアタイムの手に売り渡されたので、イスラエルの子らは八年の間、クシャン・リシュアタイムに仕えた。
9イスラエルの子らが主に叫び求めたとき、主はイスラエルの子らのために一人の救助者を起こして、彼らを救われた。それはカレブの同族ケナズの子オテニエルである。

●売り渡した:完全に敵や悪魔、苦しみに渡され、敵の思うままやられるという意味である。つまり、神様も助けられない。完全に敵にやられる時期である。

●しかし彼らが叫び求めると:救助者を送り、救ってくださる。神は私たちから完全に離れることはない。最後まで付き合ってくださる。

●一人の救助者:オテニエルは不完全な救助者であるが、しかし今の私たちには完全な救い主のイエス様がおられるので、いつでもその方にゆだねれば、助けてもらえる。この信仰が大事である。

<信仰を奪われないために>
➊ 三つ撚りの縄のような交わり(伝道者の書4:12)(私・仲間・神様による3つ撚り)
・士師のように、信仰がないときに助けてくれる指導者や同僚、神様が必要である。ある人は、私は強いので自分と神だけで大丈夫、人間や牧師、仲間は要らないという人もいるが、間違い。また反対に、自分と仲間だけで十分だという人もいるかもしれないが、それもだめである。

伝道者の書4:12 もしひとりなら、打ち負かされても、ふたりなら立ち向かえる。三つ撚りの糸は簡単には切れない。

ヘブル3:12兄弟たち。あなたがたの中では、だれも悪い不信仰の心になって生ける神から離れる者がないように気をつけなさい。13「きょう。」と言われている間に、日々互いに励まし合って、だれも罪に惑わされてかたくなにならないようにしなさい


➋ 信仰教育や訓練:申命記6:6
6私がきょう、あなたに命じるこれらのことばを、あなたの心に刻みなさい。7これをあなたの子どもたちによく教え込みなさい。あなたが家にすわっているときも、道を歩くときも、寝るときも、起きるときも、これを唱えなさい。8これをしるしとしてあなたの手に結びつけ、記章として額の上に置きなさい。9これをあなたの家の門柱と門に書きしるしなさい。

➌ 熱心に主に仕える(奉仕・伝道)
主の仕事に夢中になる人に誘惑などはない。不信仰に落ちる暇がない。主の働きにみんな共にすることである。教会の仕事は牧師が頼むのではなく、神様から頼みである。この前のQTで、私が書きました。”宣教の実は、自分のものではなく、自分たちのものであるべき”と、書きました。パウロがあれほど、すごい働きができたのは、共にする人たちがあったからである。多分、それぞれ神様に報いをもらったはずである。JOY CHURCHも、これから皆さん一人一人がチームワークにて教会を立てていくことである。牧師だけがして、みんなは観客というスタンスは間違っている。全員プレーすることを祈ります。

ローマ12:11勤勉で怠らず、霊に燃え、主に仕えなさい。


<結びの祈り>
天の父なる神様、きょうイスラエル民族の姿を通して、自分の信仰のことを振りかえてみることができました。感謝します。信仰教育や訓練が全くないまま、信仰無知によって、信仰が消滅していく過程を見ることができました。戦争によって守ってきた先祖たちの信仰から離れ、自ら不信仰と和解をし、自分たちの信仰を解体してしまう愚かな行動をしてしまいました。しかしながら、神様は彼らを完全に捨てることなく、最後まで付き合ってくださることも知りました。今私たちも自分の信仰を強められる道があります。自分のためにも、家庭や子どものためにも、周囲の救いのためにも、自分の信仰を大事に、いつも新しくすることができますように。イエス様のみ名によって祈ります。アーメン

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