ギデオン編:神様に用いられた凡人(士師記6:1-17)

1.召しを受けるギデオン(1-16)

6:7 イスラエル人がミデヤン人のために主に叫び求めたとき

●同じパターンが繰り返される。イスラエル民族が偶像崇拝の罪を犯す。それで、苦しみに合わせる。彼らは神の叫び救いを求める。すると、神様は助けられる。

神様は、何回も彼らの悪さがあっても無視しないで救いの手を伸ばす。私たちも、時にはこのように繰り返し罪を犯すかもしれない。でも、いつでも立ち上がることである。何百回でもすること。

神様は祈りに耳を傾け、いろんな士師を送る。
また、神は決して完全で立派な人ではなく、普通の人を用いる。
ギデオンも凡人すぎる人である。メディアンを怖がり、隠れて収穫した小麦を打っていた。臆病な者。

6:11さて主の使いが来て、アビエゼル人ヨアシュに属するオフラにある樫の木の下にすわった。このとき、ヨアシュの子ギデオンはミデヤン人からのがれて、酒ぶねの中で小麦を打っていた
6:12主の使いが彼に現われて言った。「勇士よ。主があなたといっしょにおられる。


●神の預言者は、彼に向って勇士よと呼んでいる。ギデオンはびっくりした。今まさにメディアンのことで恐れているのに、そんな自分を勇士と呼び、メディアンと戦争するように言われた。

自分は農夫で、本当に臆病の人間で全然ふさわしくないのに、勇士と言われ、びっくりした。
神の目と私の目は違いすぎる。神はいつも、今の弱い私ではなく、未来の可能性を見て私を呼んでくださる。特別な人が勇士になれるのではない。神が共にするかどうかである。それがすべてである。

6:13 ギデオンはその御使いに言った。「ああ、主よ。もし主が私たちといっしょにおられるなら、なぜこれらのことがみな、私たちに起こったのでしょうか。私たちの先祖たちが、『主は私たちをエジプトから上らせたではないか。』と言って、私たちに話したあの驚くべきみわざはみな、どこにありますか。今、主は私たちを捨てて、ミデヤン人の手に渡されました。」

●ギデオンの文句:神が共にあるならば、なぜ苦しみ、なぜこんなに酷いことが起こったのか。神の力はどこに消えたのかと不平不満する。
しかし、神が共にするから偶像崇拝をしたりすると、必ず罰せられる。悪いことをしても、偶像崇拝をしても懲らしめがないというのは、ある意味それは呪いかもしれない。というのは、彼が神に戻れる機会を失っているから。多分、そのまま滅びの国に直行することになるだろうからである。

愛するから懲らしめると、ヘブル12章にはある。

ヘブル12:6主はその愛する者を懲らしめ、受け入れるすべての子に、むちを加えられるからである。」

6:14すると、主は彼に向かって仰せられた。「あなたのその力で行き、イスラエルをミデヤン人の手から救え。わたしがあなたを遣わすのではないか。」
6:15ギデオンは言った。「ああ、主よ。私にどのようにしてイスラエルを救うことができましょう。ご存じのように、私の分団はマナセのうちで最も弱く、私は父の家で一番若いのです。」


●自分はだめだ。弱く、そんな仕事はできないとギデオンは、神に返事をした。
でも、彼は神の使命から逃げはしなかった。これが大事なことである。神様の前で逃げをしないことである。真剣に疑いをぶつけても、疑問をぶつけてもいいから逃げはしない。

彼がこのように弱音を吐いたのは、ある意味謙遜と恐れを持って、神の召しを受けることである。
実は、モーセもエレミヤも最初使命を受ける時、自分はできないと遠慮し続けていた。

出4:10モーセは主に申し上げた。「ああ主よ。私はことばの人ではありません。以前からそうでしたし、あなたがしもべに語られてからもそうです。私は口が重く、舌が重いのです。」
出33:14すると主は仰せられた。「わたし自身がいっしょに行って、あなたを休ませよう。」


モーセも口が重くうまくないので、自分はできないと、イスラエルを率いてエジプトからカナンにはいけないと話していた。しかし、神が共にすると約束され、また言葉がうまいアーロンをつけてくださると言われた。

エレミヤ1:6そこで、私は言った。「ああ、神、主よ。ご覧のとおり、私はまだ若くて、どう語っていいかわかりません。」8彼らの顔を恐れるな。わたしはあなたとともにいて、あなたを救い出すからだ。―主の御告げ。―」

エレミヤも、最初神から呼ばれた時に、自分は子供のようで話ができないと、弱音を吐いていた。しかし、彼も神が共にするという約束を聞いて、予言者となり、立派な働きをした。誰よりも、きつい予言、イスラエルはバビロンによって滅びると述べ続けた。

神様は使命だけを与えることはない。必ず使命に必要な才能や力、必要な人や環境を備えてくださる。一番大事なことは、神が共にするかどうかである。神の御心や、約束を確認することは大事である。

2.使命への確信を得る(17、36-40)
6:16主はギデオンに仰せられた。「わたしはあなたといっしょにいる。だからあなたはひとりを打ち殺すようにミデヤン人を打ち殺そう。」
6:17すると、ギデオンは言った。「お願いです。私と話しておられるのがあなたであるというしるしを、私に見せてください。


●(16節)神の約束をもらう
神が共にするということである。それがすべてである。それには、神様の助け、導き、備えが全部あるということ。

●(17節)神様の召しを確認する(参考;36-40節)
使命の確認ができないと、確信がなく途中であやふやになるからである。

簡単に入ってもならない。自分の召しを確認するのは、ビジョンを固めるために大事である。
確認は疑いではなく、大胆さをもらう大事な要素である。
私たちは自分勝手に決めて、また勝手に神様を追い越して暴走することが多いが、それはよくない。自分の今の状況や弱さ、罪深さを考えだけで、決めてもよくない。自分の頭の計算で決めないことである。

<結びの祈り>
神様! きょう、ギデオンを通していろんなことを教えていただきました。疑いや臆病を持つ普通の凡人である彼が、神様に立派に用いられ、大きな働きができたのは、大きな励みです。彼は、特別な違いのある人ではなく、私と似たような人でした。大事なことは、彼が神様の召しを受けた時に、それから逃げず、時間をかけて確信を得て、最終的には従ったということです。一番大事なことは、神が共にするという約束でした。これから、私も約束と確信をもって、与えらえた使命に挑むことができますように。神様の使命には必ず、神が共にすること、また必要な環境や人も与えてくださるという意味です。私もそんな信仰をもって、使命を果たしていきたいと思います。イエス様のみ名によって祈ります。アーメン

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