なぜクリスマスを祝うのか

イザヤ53:5 しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。6 私たちはみな、羊のようにさまよい、おのおの、自分かってな道に向かって行った。しかし、主は、私たちのすべての咎を彼に負わせた。

ある王子の話
昔ある国の王様の一人息子の若い王子様が、馬に乗って街を巡回していました。町のある人の貧しい家の前を通るときに、その家のきれいな女性を見て、その女性にひとめぼれしてしまったのです。彼女の家は貧乏で彼女は学歴もあまりない女性で、しかし心だけは非常に純粋な人でした。結婚をと思っていた王子様は、王宮に帰ってからもその女性を忘れることができませんでした。つい、王様は彼女と結婚することを決めました。ただ、自分が王子であることを知らせたままでは、彼女との結婚はできないことを知っていたので、王子様は結婚のために厳しい決断をしなければなりませんでした。それで、王子様はまず、自分の王位を捨てて王宮を出ることにしました。王宮では大変な騒動が起こることは決まっていることですが、王子様は意志を曲げず、王子という身分を捨てたのです。そして、王子様は、形や服も貧しい人の様子をして、その街に移り住みました。それから、いきなり彼女にダッシュしても、結婚は難しいと思い、長い時間をかけて、その街のある大工のもとで仕事を手伝いながら、見習いを始めました。時間と共に、王子様は貧乏人のようになり、心も体つきも、ことばも、容姿も、庶民と同じくなりました。つまり、彼女になじみやすい男と変わってきました。それで、王子様は、彼女に近づき、結婚を申し入れました。もちろん、彼女も自分と同じような街の普通にありそうな大工さんだったので、結婚を受け入れ、二人は結婚するようになりました。

天の神様
天の神様は、その一人子の王子様、イエス・キリストをこの世に送りました。人間と全く違う神としての姿でこの世に来ると、人間とキリストの交わりはもちろん、互いが親密になるのはできないのです。それでは、人間を救いに導くこともできません。多分、人間は神の子、キリストを受け入れることができないでしょう。それで、神はキリストを人間と同じ形をもって、天の神の王子様を、この世に送ることにしました。これで、神であるイエス様が、私たちと付き合うことができたのです。そして、人間を罪や死後の刑罰から救うことができるのです。神が神の姿でではなく、こんなにみすぼらし人間の姿をとって、人間界に入ってきたのです。つまり、神が人間となったことを、私たちはこの世にイエス様が生まれたというだけです。本当は、神が人間となった厳しい瞬間だったのです。


動物の救い
ある酷寒の町にすごい雪が降りました。そうすると、人間も大変ですが、動物たちがもっと大変です。餌がなくなるからです。それを知ったある人が、自分の所に来てくれる鳥を救うために、餌をもってあげることにしました。そして鳥に近づいていきました。どころが、近くになると、鳥は全部逃げてしまいました。彼は鳥たちを助けたいのに、それを知らない鳥たちのことが、心苦しかったです。鳥たちと仲良くできるならば、きっと彼らを救えるのにと思ったのです。
ネズミに猫が接近すると、すぐ逃げます。猫はまたトラに遭うと、逃げます。形から受け入れられないです。同じ理由で神であるキリストが、人間の姿をもって生まれたのです。

イエス様はなぜこの世に生まれましたか
私たちの人間は、生きるために生まれるが、キリストは死ぬために生まれた。もちろん、人間も結果的には死ぬようになるが、しかしわざと死ぬことを目的として生まれるわけではない。しかし、キリストは自然死をしたり、病死をしたりではなく、自己原因で死ぬのではなく、罪人の人間を救うために、神の意図的な死、つまり十字架で死ぬためであった。

コロナパンデミックよりはるかに致命的な罪のウィルスのパンデミックがある
それは、罪という全く目に見えない魂のウィルスで、それは人間全員を感染させ死なせる、いや死後も完全に破滅にする致命的な病気です。そこから人間を救う治療剤となるために、キリストが来て十字架で人間の罪を背負って死にました。この方を受け入れる人はみな、救いの天国に行けるのです。

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