質を求め続ける人生(士師記7:1-7)

1.ギデオンの勝利の力
イスラエルに攻めてきては、農産物や家畜などを奪っていくミディアンの人たち、135000人の軍隊が攻めてきた。しかし、相手のイスラエルは3万2千人しかなかった。もっと兵力を増やすべきなのに、神様はもっと兵力を減らせと言われた。それで、恐れる人、信仰のない人、または疑いで戦争に専念できない人は、みんな帰ってもらった。結果、1万人が残った。それでもまた多いので減らしなさいと言われ、最終的にさらに数を減らし、300人までになり、そこから戦争を始めた。100分の1に減らされた。質の高い300人で戦争をし、大きな勝利を収めた。

きょうはここから戦争の話ではなく、数や量で質の代わりになることはできない。つまり、質、あるいは本質の重要性について、考えてみたい。

2.質を求め続ける人、量や外側を求める人
わたしたち人間も、このように数にこだわり、量にこだわる人が多い。つまり、長く生きる、金持ちで生きる、有名な仕事をするなどの外側にこだわる人が多い。しかし、裁きの時に、神様は量で裁きをするのではない。タラントの例話にもある。1タラント、2タラント、5タラントをそれぞれもらった人の話が出る。神様は量にこだわるわけではなく、どれほど真剣に自分の使命に生きたかという質を問う。

だめな人は、人生の外側、量にこだわるすぎ、その結果人生を狂わせてしまう。私たちは常に、質、本質を求めていくべきである。それは譲歩してはならない。その本質を求めていくと、最終的にはイエス様につながる。つまり、私たちの人生はこのイエス様にしっかりくっついていくことである。そしたら、問題にはならない。

例1)イエス様
イエス様は3年半しか働いていないが、人の何百年、何千年のことをした。イエス様は、神の力で働く、神の御心にそって働き、祈りで働くことで質の高い生き方をされた。長いからではなく、短くても質の高い人生を生きることはできないのか。

Ⅱペテロ3:8 愛する人たち。あなたがたは、この一事を見落としてはいけません。すなわち、主の御前では、一日は千年のようであり、千年は一日のようです。

一日が千年、千年が一日のようであると言うが、つまり一日働いても人の1000年くらい働くこともあれば、ある人は千年生きても、意味のある一日にも満たない人がいる。私たちは長く生きるかどうかではなく、どれほど濃く質の高い人生を生きることができるかにかかっている。

例2)バリサイ人
本質ではないことにこだわりすぎておかしくなった人の象徴である。彼らは、本質を見逃してしまった。

マタイ23:24 目の見えぬ手引きども。あなたがたは、ぶよは、こして除くが、らくだはのみこんでいます。

イスラエル人は、水や葡萄酒を飲む時、きよい物を飲むべきと言い、ぶよなどが入っていないのか、一生懸命にそれを除く作業をする。なのに、彼らはぶよは、置いとって除くべきらくだは除かず飲み込んでしまうということである。つまり、大事なことは忘れて、あまり意味のないことにこだわりすぎている状態を表す。

●枝ではなく、本質(かしら)を握る
コロサイ2:19 かしらに堅く結びつくことをしません。このかしらがもとになり、からだ全体は、関節と筋によって養われ、結び合わされて、神によって成長させられるのです。

上記の聖句には、かしら(本質)に結びつかないで、あまり大切ではない枝にとらわれすぎてはならないという話である。

若い皆さんは、これから何をしても、大事な一つ、本質、それはイエス様のことであり、それを忘れてはならない。それだけはしっかり握ることである。

3.2人の友人の話
アメリカのある孤児院に友情の深い2人の友たちがいた。2人は仲がよく、勉強もうまかった。もちろん、信仰教育も受けて育ってきた。成績は互いに1,2位を争っていた。しかし、18歳になると孤児院を出なければならなく、2人は離れることになり、それに先立って2人はある誓いを交わし別れた。今からそれぞれ一生懸命に働き、30歳になったときには2人が力を合わせ、孤児院を助けるなど、よい働きをしようと約束した。

それから、一人はがんっばって、25歳になったときには小さい会社を5個も持つ有名人になっていた。しかし、もう一人の友たちは、自分の生活を悲観し、アルコール中毒者となって、公園でホームレスをしていた。このホームレースの友たちは、朝早くすることもないので、大体公園のベンチなどでぼーっとしていた。その日も、お客さんが入ってくる前の早朝にすることがなく、近くに前日お客さんが食べ物を包んだ新聞紙が散らかっていたので、それを拾って読み始めた。それを読んでみるうちに、彼の顔色が変わってしまった。そこに自分の孤児院の友たちの記事が出ていた。すでに、彼は有名人となっているので、衝撃を受けた。孤児院を出る時の約束が思い出した。それで、自分もがんばらなければならないと思い、初心に戻ることを改めて決意した。ところが、始めようとすると、ほんとうに何もなかった。お金も、服も、靴もなく、それであの友たちを探して行き、少しだけ助けを求めることにした。それで、その会社を探して行くが、毎回警備員に断られた。それで、彼は秘策を思い出した。それは、彼が出勤するときの車に直撃しようとした。それで、彼は社長が出勤する時間を特定し、その車が入ってくるときに、その車の前に入り込んで、車を止めた。それで、仕方なく、あの友たちの社長が降りてきた。顔を見ると、昔孤児院の友たちが前に立っていた。それから、2人は社長室に入り、話し合いをした。ホームレスの友たちは、社長に今までのことを話し、自分がアルコール中毒となったことを告白し、今は公園でホームレスをしていることを明かした。そして社長も自分の成功談を話した。その後、ホームレスの友たちは、彼に少しの助けを求めた。すろと、あの社長の友たちは、彼に助けることはできるが、3つの条件があると言われた。その条件は何かと言いますと、彼は話し始めた。

①お酒をやめること ②病気ではない限り一生懸命に働くこと ③日曜日はすべてを休み、礼拝に出席する

これをしっかりするならば、わたしが会社一つをあなたにあげると話していた。

ホームレスの彼は約束をして少しの助けをもらい帰った。それから彼は心を改めて仕事を探した。そして下町を歩き、職を求めることにした。しばらくして彼は、職員採用というポスターを見つけ、面接をし採用された。それは、ペンキを塗る仕事だった。仕事があれば、ペンキ塗りに出張して仕事である。最初の出勤の日、彼は心を改め仕事が始まる一時間以上早く出勤した。まだ、社長は出ていなかった。社長はなんでこんなに早く出勤したか。彼は私は早くくることに慣れていると答えた。そして、社長は早く来てもお金は払いませんよと話し、適当に始まる時間まで時間潰してくれと言い、家の中に入った。一人になった彼は退屈で何かすることがないかなと思って周りを見ると、下水道が故障していてめちゃくちゃだった。それで彼は知覚にある道具をもってきては、きれいに直しておいた。それを社長が見てびっくりし、でもあなたがした仕事にお金を払わないよと話した。彼は、それは当たり前です。それからも、彼は一生懸命に働いた。いつも朝早く出ては仕事ををした。またペンキの仕事が入ったときには、丁寧に一生懸命にしたので、みんな感動した。それで、口コミでどんどん仕事が増えた。そして、彼は日曜日になると、すべてを休み約束通りに教会に出席した。それも朝早く行き、靴箱を整理したり、日曜学校の子供のお世話をしていた。最初は、何か服装もきれいではない人がうろうろするので警戒していたが、いつの間にか、それも慣れ、教会からもすごく信頼されるようになった。教会では大事な仕事も任されるようになった。彼が採用から一年半くらい経ったときに、その会社はかなり大きくなり、フィラデルフィアに支店を出すことになった。そして、社長は彼にその支店長を任せた。それで、彼はそこに行き、また同じく一生懸命に働き、そこも大きくなった。ところが、ペンキ会社の社長が高血圧の病気で急に亡くなってしまった。その社長が遺言をした。このペンキ会社の社長は、フィラデルフィア支店長を社長にするようにと遺言された。それで、彼は2年半経った時点で、大きなペンキ会社の社長となった。その時に、前の成功した友たちから会いたいという連絡が入った。それで、2人は会っていろいろ話した。ホームレスの友たちの話を聞いて、彼はどうして3年もなっていないのに、ここまで頑張ったのかと聞いた。それで、ペンキ会社の社長が経緯を説明した。その時、この先に社長となった人は、キャビネットからたくさんの書類を持ち出して見せた。そこには、このペンキ会社に採用された友たちのことをずっと監視をし、その働きぶりを記録していた書類だった。あの社長の友たちは、彼の生活ぶりを確認するために、一人を雇って調査をしていた。そして、あのペンキ会社の社長に感動した。

それで、先に社長となった彼は、あの友たちに今からはk自分の会社を一つあげると言ったが、すでに彼は大きなペンキ会社の社長となっていたので、それを断った。それから2人は、個人を出る時に約束していたのを実現するために、力を合わせることにした。彼らは大きな国際的な孤児院を立ち上げた。のちに世界に貢献することになった。その支部が朝鮮戦争時の韓国釜山にも支店を置き、戦争孤児たちを育てた。

彼らの成功にあった要素を4つに分けて考えてみると、以下のようである。
①自分の使命を確信し、神に栄光をあがめることができるようにする。
②お酒をやめること(中毒) ③病気ではない限り働きなさい ④日曜日はすべてを休み、礼拝に出席する  


<結びの祈り>
天の父なる神様、私たちが質、つまり本質を見逃してはならないことを、強く感じました。本質ではないこと、数や量、外側の華麗なることを求めることをやめ、一番の本質であることを求めるべきだと感じました。つまり、本質をたどっていくとそこに、神様がおられます。この孤児院の友たちのように、使命を立て、そのために、自分を蝕むアルコールなどの中毒となるものをやめ、最善を尽くし人に感動を与える仕事を行ない、また信仰にも心を込めて行う姿勢を、自分たちもしっかり学ぶことができますように。そうすることで、人生をシンプルにし、イエス様のように、1年を10年、20年、100年のように、質高く濃く生きることができる人としてください。イエス様のみ名によって祈ります。アーメン

"質を求め続ける人生(士師記7:1-7)"へのコメントを書く

お名前:
メールアドレス:
ホームページアドレス:
コメント: